39杯目 僕とコーヒーの選び方。
コーヒーを淹れる特訓を行う。
僕は何かの比喩かと思っていた。
違った。
「いいか?豆には様々な産地がある。しかしその前に実は豆に種類があるのだ。」
そういうヴォルフの前には立ち並ぶ大量の豆豆豆。
「まずはアラビカ種!もっとも一般的に出回っているのはこちらだ。有名な豆の多くもアラビカ種だ。比較的繊細な味がする豆といってよいだろう。しかし病気にもかかりやすく、栽培できる気候もある程度決まってしまっている。」
ベッドに腰掛けたままにもかかわらず非常にテンション高く語るヴォルフ。
本当にコーヒーの授業が始まっていた。
「対してこちらの豆がロブスタ種!楕円扁平型のアラビカ種と比較して、丸みのある短楕円形をしていることが分かるだろう!独特の香りと強い苦みがあり一般的にはストレートに適さないとされ、インスタントコーヒーや缶コーヒーに利用されている。」
いや、見た目の違いなんて微妙すぎてわからないよ。
「しかし当然、ストレートで飲むことも可能だ。昔の日本の喫茶店のコーヒーとは苦みの強いストロングコーヒーだったというがその原因は豆をこのロブスタ種を使っていたのが要因一つでもある。つまり中年などは逆に懐かしの味、というわけだ!!」
いや、僕はまだ高校生だし・・・
「厳密に言えばさらに一種存在するが、ここには用意していないし、現在ほぼ生産されていないからここでは割愛する。貴様はどちらがいい?」
そう聞かれるがどちらでも正直いい。
しかし選べという雰囲気なのでインスタントコーヒーが好きでない僕はインスタントコーヒーに使われるコーヒーを避けてアラビカ種を選ぶ。
「ふむ!では酸味と苦みに関してだな。流石に種類はそこまで用意していないので6種から選んでもらおう。」
いや、ここ隠れ家なんだろ?むしろなんで6種類もあるんだ。
「不思議そうだな。真のコーヒー好きともなれば本来であれば倍はほしいな。鮮度を考え少量づつ多種が好ましい。」
心読むなよ・・・
「先ほどから静かだなシュンヤ。いったいどうした。」
「いや、今の状況についていけてないんだよ・・・」
「鈍いな。」
「絶対そういう問題じゃない・・・」
「まぁいい!とりあえずどれがいい!ラベルに名前は書いてある!」
「いや、いいよさっさとしよう。いいよブレンドってやつで。よくあるやつ。混ぜればいいんだよね。」
「少年。それは敵対行為と判断していいのだな?」
疑問に見えて確定してる!?
「ブレンドは店で独自に割合を考え、数種のコーヒー豆を混ぜ合わせ味に厚みを持たせる匠の技だ。素人が勝手に手を出すものではないし、やりたいのであれば構わないがそのためには最低でもすべてテイスティングして味の差は見てからいうんだな!!」
まさかの怒りに驚く。
「何よりも許せんのは売れ残りの豆を混ぜてブレンドと言い張る低級店だがな!!やすい豆でもうまくしよう、という努力ならまだしも・・・・これ以上は脱線か。」
いや、脱線かどうかでいうならすでに大分脱線してるんだけど。
「仕方ない。確か少年は酸味が嫌な様子だったな。ならば比較的手頃な金額で手に入り酸味の少ないエクアドルでいいだろう」
最もこれは産地名なので細かく言うと様々な言い方があるがな、とつぶやくヴォルフ。
「一応説明しておくとこれはフルシティ。浅煎り、中煎り、深煎りでいえば深煎りの中の浅い方、といったところだ。酸味がほとんど感じられなくなるラインだな。」
もはや僕の頭に入る限界を突破。
その後もしばらくうんちくを垂れ流しているヴォルフを無視。
ようやく豆をミル?とかいう粉にする機械で挽き終り、ペーパーフィルターをセットしたドリッパーに投入。
「これで良し」
つぶやくその様子を見てやっと講義が終わった、と思う僕。
ヴォルフが口を開く。
「さて次は淹れ方だ!!」
「まだやるのかよ!!!?」
冗談でもなんでもなくその後しばらくコーヒーの淹れ方について実技を仕込まれた。
もはや何の話をしに来たのかなんてわからなくなっていた。
「ま、いいだろう。復習を怠るな。」
そんな言葉を最後に特訓を終えようやくエーデルガルドの話を聞くに至った。
「ううむ。事ここに至っては少年も彼女を抑える側に回ってもらいたいので話したいんだがな。」
エーデルガルドの正体について細かく、と尋ねた返事は芳しくなかった。
「非常にファジーな、流動的な基準なのでどこからがアウトかわらないのだが、眷属の不利になる話を第三者に話することはできないようになっているのだよ。」
「じゃぁヴォルフから彼女の情報は何も聞き出せないってことか?」
「弱点や弱点になりかねない詳細な種族などに関してはまず無理だな。」
「じゃぁ無駄足か。」
ついでにコーヒー淹れていた時間も。
「そんなことはない少なくともいいコーヒーにはなった。飲んでみるがいい。」
今までヴォルフが飲んではダメだしするばかりで飲むことのなかったコーヒーをようやく口に含む。
「え!?うまっ!全然違う!」
「ふはは。今回はずいぶん素直じゃないか!」
「ぐ。」
慌てて口を引き結ぶが思わず驚くほどコーヒーはうまかった。
「少年の好みにある程度逢うコーヒーだからなよりうまかったのだろう。さて。彼女の話だが。」
あまりのうまさにマグカップから目を離せないでいると、ヴォルフが再び話し出す。
「直接的でない話ならできる。そこで私の話をしよう。」
「ヴォルフの?」
「そうだ。答えをそのままいうわけにはいかないがヒントにはなる。」
「察しろ、ということか。」
「その通り。・・・あぁ、ちょうど宿題にしていたな。察する能力をあげておけ、とちょうどいい。」
くだらない話をよくもまあ覚えてるものだ。
「では心して聞け。聞き逃すんじゃぁないぞ。あれは今から八十年前------」
そうしてヴォルフの昔語りが始まった。
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