38杯目 僕と話の代価。
ヴォルフは思いのほか簡単に見つかった。
どのぐらい簡単だったかと言えば一発だ。
試しに行ってみた例の拉致されたマンション。1304号室。
一階の自動ドアのインターホンをわずかに緊張しながら押し、尋ねる。
「申し訳ありませんそちらにヴォルフ・・・さんはいます・・・いらっしゃいますか?」
「そんなに不服そうになるならば敬語なんて使わない方がいいぜ、俊也。」
返ってきたのは矢撃の声。
続けて開く自動ドア。
「入れよ。話だろ?」
ブツッとインターホンが切れる。
僕はドアが閉まり切る前に慌てて中に入りエレベーターを待つ。
・・・やけに簡単に入れてくれたな。
正直僕は今となってはヴォルフはともかく矢撃は仲間とは言い難い。
ヴォルフも別に仲間ではないし。
と、いうことは今の状況が怪しいのか?
エレベーターが一階につき扉が開く。
中には誰もいない。
乗り込む。
・・・と、なると待ち伏せされている可能性がある。
あいつらだって僕がここを知っているのはわかっているはず。
ならば入った瞬間拘束されてエーデルガルドへの人質にされるぐらいの可能性はあるか?
携帯電話を取り出し、ワンタッチで警察へと通報できるようにスタンバイ。
第三者の警察に追われてまで僕を無理に攫いはしないだろう。
ポーンという電子音が僕が13階についたことを知らせる。
若干の緊張しながら降りる。
真横に気配!!!
「やはり罠っっ・・・・」
「よく来たな俊・・・也?罠って?」
相変わらず顔は見えない服装だが、ジーンズにパーカーという明らかに普段着の矢撃がいた。
いや、顔が見えないから声で判断しているだけだが。
「いや・・・何でもない。」
あぁ、そうか。なんとなくヒロインの正体を探り、外見すら変わっているクラスメイトの姿を見破っていたせいかまた勘違いしていたようだ。
僕は主人公じゃない。
そう、こいつらにとって僕なんて対して力も持たない、ただの人間だった。
明らかに最弱の矢撃だって僕の骨を叩き折りぐしゃぐしゃに泣きながら蹴り転がす程度の力は持っているんだ。
罠、とか待ち伏せ、とかするわけがない。
「何でもないんだ。案内してくれ。」
「・・・まぁたなんか迷ってるな。ま、ついてきな」
そうして連れていかれた先は1305。
「灯台下暗しってな。ヴォルフも俺も追われてるからこういう小細工が必要なんだ」
隣の部屋のインターホンも聞こえるように改造したと語る矢撃。
扉を開けリビングに行くと、大きなベッドがおいてありその上には巨体を起こしつつもベッドにいる・・・
「ヴォルフ。」
「呼び捨てとはずいぶんじゃないかシュンヤ。」
大男がそこにいた。
「さて、少年。しばらく前の話になるが、どうかね。彼女と話はできたのかね。」
「あんたが連れて行ったせいで全然話せていないよ。」
「人のせいにしてはならないよ。シュンヤは何なら今だって話していていいはずだ。なぜここにいる」
「・・・・」
「まったく。文句ばかりで正論に対しては押し黙る。まるで子供だな。」
「いや、いい。今は何と言われてもいい。だからもう一度エーデルガルドのことを聞かせてくれ。ヴォルフ。」
「・・・」
黙って金の瞳でこちらを睥睨するヴォルフ。
「頼む。」
頭を下げる。
「・・・少年。敵に軽々しく頭を下げてはいけない。」
「僕にはそれぐらいしかできることはない。」
「できない、という奴は何もできん。」
「ッ」
好きかって言いやがって!!
「じゃぁなにか!?できるっていえばできるのか!?やれば、祈ればかなうのか!?」
「・・・」
「かなわない!!かなったことなんてない!!この十数年!僕は自分の才能のなさを悔やんだ!はじめは努力だってしていた!!それでもできないことはできない!!」
「違うだろう。そのうちに諦めた、だろう?」
「ッ。」
「シュンヤは話を聞かない癖があるな。最後まで行ってやろう。できないといっている奴には何もできない。できるといった人間にだって出来ないことは多い。だができた奴は、やった奴だ。」
「・・・・」
「精神論に聞こえるか?不服か。顔に出ているぞ少年。」
慌てて顔を抑える。その様子に笑い始めるヴォルフ。
「ふはは!まったくもって青い。青いな。・・・仕方がない。コーヒーを淹れろ。」
「・・・は?」
「コーヒーを淹れろ。」
「・・・それで何に」
「話の代価がコーヒーでよいと言っているんだ。」
ヤゲキ、とヴォルフが声をかけると矢撃がすっと立ち上がりケトルのスイッチを入れる冷凍庫から豆を取り出し、ミル、ドリッパー、ペーパーフィルターを持ってくる。
そうして近くに来た時にそっとささやく
「覚悟しとけ。このおっさん相当細かいぞ?」
にやにやとした顔が思い浮かぶような声。
「ヴォルフ!ひとまず俺は家に帰らせてもらうぞ。対価は後日絶対に回収させてもらう。」
「うむ。青の諸君にもぜひ伝えてくれ。裁定者の名に懸けて借りは返す。」
背を向けたまま軽く手を振り、矢撃はベランダへ。
まさか飛び降り・・・!!?
そう考えた瞬間上からするりと降りてきた先に足掛けのついた縄。
矢撃はその縄につかまると引かれるに合わせて跳躍。
器用に体を揺らして天井を躱す。
そのまま上階へと消えていく。
「上か・・・まさかの上に行くのか。」
「どうやら上部に青がいたようだな。まぁ良い」
チープな電子音のクラシックが流れる。
あ、これ家のと同じだ。
「ではシュンヤちょうど湯も沸騰したことであるし、時間だ。」
「時間?」
「コーヒーの淹れ方、の!授業の時間だ!!!」
なぜか妙にテンションの高い、ヴォルフに腕をつかまれ僕は思う。
矢撃。
知ってて逃げたろ・・・
さぁ!豆を選ぶのだ!!
お読みいただきありがとうございました。




