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21杯目 彼女と封印

エーデルガルドが消え、呆然としていると、ジャリっと音を立て祓が踵を返したところだった。

声をかけようとするが、やめる。

ショートカットに巫女服を着た中学生程度の少女が曲がり角から現れたからだ。


特徴のない顔は数瞬もすれば忘れてしまうような平凡な顔つき。

髪型や動きすらも模範的に普通で印象に残らない少女だった。

そのまま二、三言葉を交わすと少女は白木の下駄を祓に渡し、すぐに曲がり角の向こうへと立ち去った。


祓はそれを見送ることもなく下駄をはくと歩き始める。

それを見て僕は動悸の収まらない胸を抑えながら声を絞りだす。



「ま・・・・ぁ・・・・」



予想以上に緊張でカラカラに乾いた口は発声器官としての用をなさず、声が出なかった。


しかし掠れるような声が聞こえたのか、祓は立ち止った。


もう一度、こんどは唾液を飲み込んでから声を出す。


「ま・・・て!彼女を・・・エーデルガルドをどこにやった・・・・?」


祓はこちらを向くと静かに答える。


「滅しました。」


「滅する、って。滅するってなんだよ。」



わかってる、本当はわかっている。



「わからないのですか?滅ぼす、消滅させる、抹殺する、そういうことです。」



そんなことはわかってるんだよ!!



「彼女をどうしたって!!きいてるんだよぉぉ!!!」



その様子にわずかな時間口を噤む(つぐむ)祓。



「・・・哀れな。現実も見えないほどにあなたは弱かったか。」



本当に憐れむような祓の視線。眉をハの字にして悲しげに彼女は言う。



「あなたがエーデルガルドと呼んでいた穢れは消滅いたしました。穢れの格付けとしては下級に位置する程度の力しか感じませんでしたから、隠れたり逃げたりして生き残ったとも考えられません。」



「そういうことを聞きたいんじゃない!!」


「そういうことだと言っているのです。」


「そんっなわけ・・が!ない!!ありえない!!」


「事実です!!」


「うそだ!!」


「いい加減にしなさい!!あれは滅びました!!現実を見なさい!!」



うるっ!!さい!!!



「うぁああああああああああ!!!!!!!」



言葉にならない叫び。

嘘だ嘘だ!!死ぬわけがない!!吸血鬼だぞ!?不死身の代名詞。

今にも蘇る!!振り返る。光の消えた地面。彼女の消えた地面。地面しかない。


「嘘だそんなわけないあり得ないそうありえない生きてる生きてる生きてる・・・・」


彼女は死んだのか。なぜ。力が足りない?彼女の。

僕の。


彼女はなぜ逃げない。僕の?

僕を逃がす。彼女が逃げる。僕は生きる彼女が。

僕の。


僕の。


僕の。


いや、僕が弱いから(・・・・・)か!!!




現実は非情だ。死ぬときはあっさりと死ぬ。人が死ぬのにはドラマ一本の時間もいらない。

交通事故なら、会話の途中の数秒でも人は死ぬ。

ましてやアスファルトやブロック塀を破壊できる力なら。






「うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」







カツ、と踵が地面を打つ音。







「嘘はいかんなぁレディ・ハラエ。」






ふいに声が聞こえる。今日ずいぶんと回数を聞くその声。





「仮にもエーデルガルドは貴族身分。実際には何の権限もなくとも、存在しているという事実はそこらの人間と比べてより大きい。」





見慣れてきた大男。頭を抱えて体を折っていた僕にはより大きく見える。





「そんな彼女を独力で、増幅する護符(タリスマリン)(サークル)もなく消滅させるのは無理だ。さらに言えば彼女とは肉親、眷属の一種だからな。消滅させられれば伝わるのだよ。つまり・・・」




もったいぶるように一呼吸ためを作り彼は言う。




「彼女は生きている。間違いなく。」




裁定者(さいていしゃ)ヴォルフがそこにいた。







少なくとも外見上動揺した様子は見せずに祓が話し始める。


「何を言い出すのかと思えば。では彼女はどこに?なぜ反撃しないのですか?」



ヴォルフは一歩、二歩、とゆったりと歩み間合いを詰めていく。


僕は動揺から立ち直れず結局手を中途半端に上げ、呆然とその様子を見送る。



「簡単なことだ。彼女は滅されてはいないが封印されている。」


「根拠がありませんね。推論でしかない。それもその場にいなかったあなたの。」



「あなた?ああ、名乗っていなかったか。ヴォルフ、という。」



「そうですか。あなたは知っているようだけれど私は(はらえ)といいます。」




話しながらすっと二歩祓が下がる。

それに構わず間合いをずかずかと詰めるヴォルフ。

距離の探り合いをしたい祓と無頓着なヴォルフ。





「覚えたぞ、レディ・ハラエ。・・・・そうだ。理由、だったな。それはな・・・・」




突然の悪寒。これは・・・


膝を曲げ力のたまったヴォルフの足。


次の瞬間ドン、という地を蹴る音。




そして暴風。


どこか狼を思い出させる上体を倒しながらの超加速。

加速し始め以外、見えないほどの速度。

ヴォルフが視界から消え失せ、同時に吹き荒れた風が収まると、ようやく僕の目に状も況が分かる。

巫女装束の袖が裂けた祓と右手の人差し指、親指で札を挟むヴォルフ。

初撃のエーデルガルドの時と同じ。反応が間に合わない速度での強襲か!



「やはりな。理由は気配だよレディ・ハラエ!!この中からエーデルガルドの気配を感じる!!エーデルガルドの身柄!!確かに頂いたぞ。」



「ッ!!返しなさい!!」



「ふはは!当然、断る!」



とびかかろうとする祓とふわりと軽く、しかし素早くまだ無事な塀の上に跳ぶヴォルフ。

いや、そうじゃない!!



「まて!!彼女を置いていけ!!」




見てる場合じゃあない!!ぼくが、僕が守る!!彼女がまだあの中にいるというならば!!




その声に急に冷めたようにヴォルフがこちらを見る。


祓が蛇状の白光を放つが碌に見もせず左手で簡単にはじくヴォルフ。

祓をあしらいながらもヴォルフは僕に話しかける。



「少年。なぁシュンヤ。俺はお前に期待しているんだ。あまり失望させてくれるな。俺はお前の敵だ。そして目的はエーデルガルドの説得、封印。この絶好の機会(タイミング)で、チャンスを不意にすると、思うのか?当然、ないぞ。」


グ、と言葉に詰まる。

つまらなそうにこちらを一瞥した後、再び大仰に叫ぶ。




「ではさらばだ!!ハラエ、シュンヤ!!」




ガゴン!と少し塀を崩しながらもヴォルフは僕の家の屋根に跳躍。そのまま建物の反対へと飛び去って行く。



「待ちなさい!!!」


驚いたことに祓も足元が白く光ると壁に向かって走り跳躍。


塀の頂点を蹴るとそのまま屋根をこえていく。





彼女が無事、ということと、それに続いての誘拐。




結局・・・何がどうなったんだ・・・?


僕は緊張と精神的な疲労から考え事もままならずゆっくりと壁に背をつけずるずるとへたり込んでいった。



あー・・・・もう。



「なんなんだよ・・・・」




どこに何すればいいのか見当もつかないよ・・・





遅くなりました。

お読みいただきありがとうございます。


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