1杯目 僕と彼女
僕はその日普段通り授業を終え、図書室に行き勉強しようとして、よく寝た。
その結果18時前になっていたので僕は帰ることにした。
仲がいい友人二人は今日は用事があるとのことで先に帰ったので一人で徒歩で帰路についた。
徒歩で10分かからない高校を選んだので運動がてら歩いて通っている。
いつものように僕は考え事をしていた。
別に勉強とかではない。
上の枝から敵が下りてきて、魔法が使えたら、じつは自分で気が付いていないだけですごい演算能力があって・・・。そういった妄想だ。ありえないと分かっている。アニメと一緒だ。ありえないのはわかっている。ただの暇つぶし、お遊びさ。
次はそうだな・・・角を曲がったら・・・っ!!!
唐突な破砕音。大きな音とともに何か大きな塊が右へと吹き飛んでいきもうもうとした灰色の煙が舞う。
ブロック塀が吹き飛んだ!!?
とっさに顔をかばった左手にパラパラとコンクリートの破片が降ってくる。そんな中にソイツはやってきた。
「エェェェェェェデルガルトォ!!!!!!良いざまじゃぁないか!!全身がグレイで統一されてるぞ?まさに灰かぶりじゃあないか!!」
「・・・ガハッ・・・気安く・・・なま・・・ウェッ・・・・グォエ・・・」
ビチビチと液体が地面に落ちる音がする。その音のするほう、ブロック塀をぶち破って吹き飛んできた物体は口元を抑えて血が混じった吐瀉物を垂らしている少女だった。歳は僕と同じぐらい。どうやらパーカーとデニムパンツという恰好なようだが全身が灰色で元の色はわからない。それでもキャラメル色の髪であることと驚くほど美しいことはわかった。
「うぁはは!!すまないな。名前は嫌とな!!では吐瀉物まみれとでも呼ぶことにしよう!!ん?」
見下ろすようにこちらを見る大男。黒いコートを羽織った奴はこちらを見ると夕日に照らされる顔を一瞬表情を変えたがすぐににやにやとした表情に戻した。
「ほう、少年。名前は何という」
「答えちゃダメ。」
大男の声に続いて美しい彼女の声。再度声のするほうを見ると膝をついたままではあるものの立ち上がろうとしている少女・・・目の前の男の言葉通りならばエーデルガルトが目に入る。
どこからかガチガチと音が聞こえる。
「すぐに逃げなさい。名前は決して言わずに。逃げれば何の問題もない。よく寝て忘れて平和ないつも、に戻りなさい。」
口元の血をぬぐい、一度よろめきながらも立ち上がる彼女。動きの弱弱しさとは裏腹に声と視線には力があった。周囲の状況を忘れてもっと見て、聞いていたい。そう思うほどに。
ガチガチという音は続く。
「そうだなぁ。その通りだ。」
大男はわざとらしく何度もうなずく。そして芝居ががった動作で続ける。
「今、ここで!君が逃げるなら私は君には何もしない。」
両手を広げ続いて白い手袋をした手で僕を指す男。
そしてゆっくりと彼女のほうを指し示す。
ガチガチ、ガチガチと。
「そう、あの弱弱しくも美しいパルパム・フォン・エーデルガルトを見捨てて逃げるなら、な。」
「っ!いいから!逃げなさい!」
彼女の美しい声。
そこでやっと僕は声を出す。そう、自分の意思をはっきりと言ってやるんだ。
待ち望んでいた展開。彼女を抱えて逃げる。あこがれていた展開。僕がヒーローに。期待していた展開。
「・・・ぼ・・・くは・・・・」
夕日がさえぎられる。男が身をかがめ僕の左耳にささやく。
「少年。覚悟を決めてから話すがいい。君が彼女を守り、名乗るというならば君は私の敵だ。」
ささやくような声は意外に落ち着いた声だった。
そこで僕はほんの少しだけ落ち着いた。
僕は超人か。僕の運動神経は。頭がいいのか。この状況で役に立つ力を持っているか。
答えはすべてNOだ。
抱えて逃げる?できるわけがない。いくら少女と言っても子供ではない。人ひとり抱えて大人から逃げ切る?そんな速度が出るわけがない。抱えられるかも怪しい。
警察?ブロック塀を大きな武器もなく爆砕できる男に?いくら警察でも無理だろ。
ガチガチ・・・
本当はわかっていた。
耳障りなこの音。
「いいの。あなたには何の関係もない話。そうして葛藤してくれただけでもあなたは十二分にイイヒト。いいの。逃げて。あなたは本当に勇気がある人だと思う。」
崩れかけた壁に手をつきながらも立ち上がって埃と血などで汚れた彼女はこちらを見る。
「震えるひざに、青い顔。歯の鳴る音はこちらにまで聞こえてる。その恐怖と戦うあなたを尊敬する。」
僕は怖かった。歯の根も合わないとはこのことだろう。
耳障りな音がどこからか、なんて思いはしたけれどごまかせなんかしない。
僕は臆病者だった。
怖くて怖くて仕方がない。
今は逃げても問題ない。
彼女だって許してくれる。
諦めてもいい。
だから僕は吹っ切れた。
「あ、あんた・・・なんていう名前なの?」
「あん?」
「あ、あんただよ大男。人に名前聞くときは・・・じ、自分からだろ?」
自分でもわかる震えた声と強がった口調。
「ふむ。こいつは失礼した。この国風に言えば裁決者第8席 ヴォルフだ」
それに対して大男ヴォルフのなんと余裕のある態度なことか。軽く頭を下げてまで見せる。
「僕はあんたが、ヴォルフが怖い。情けないことに、待ち望んでいたことなのに、動けない。諦めてばっかの僕だ。でも、ひとつだけ決めてたことがあるんだ・・・」
一言ずつ区切るように言う。
「あなた何を言って・・・」
「黙れエーデルガルト。少年が話してる。」
いつの間にかうつむいていた顔をあげて大男を睨む。
「次諦めたくないって思ったときは絶対に諦めないってなぁ!!西高2-6!!臆病者の高校生真白 俊也!!彼女を助ける!たった今から僕はあんたの敵だ!!」
にやり、とヴォルフが笑う。
「それでこそ、男だ。もう一度名乗ろう!叩き潰すものヴォルフ!!貴殿に、シュンヤに敬意を!!」
ヴォルフの右横を駆け抜ける。不思議と攻撃はされなかった。エーデルガルトの手をつかむ!!
「走るぞ!!」
「あなた何をやったかわかってるの!?」
「今はそんなときじゃないだろ!!」
無理矢理に引いて走り出す。意外なことに・・・いや信じられないことに、彼女は引くのに合わせて彼女は走り始めた。
「っ!!じゃあせめて目的地を決めなさい!!」
「どこに逃げたって一緒だろ!!建物ごと吹き飛ばされる!!とにかく走れよ!」
考えるほどに絶望的。どうすればいい!?
「あなたの家は!?」
「はぁ?普通の二階建て一般住宅!!核シェルターじゃあねぇよ!!」
「場所を聞いてる!!」
「んなもんきいて・・・二つ先の角を右に三件目!すぐそこ!」
強い目を見て返答することにした。
「近い!そこに行く!!」
「はぁ?」
「いいから!」
「理由っぐらい・・・」
「そんな場合じゃ・・・ないんでしょ!?」
息も切れてきた。なぜかまだ距離はあるが後ろにはヴォルフ。
「あぁもう!信じるぞ!!」
走りながらポケットからキーケースを出す。
曲がって・・・三件目!!
腰までの高さしかない片開きの簡易門は半開き。しっかり閉めないだらしない朝の自分に感謝する。
体当たりするように門を抜け扉にとりつく。ああ!!もう!!鍵が入らない!!
「はいった!!」
扉を回し引いて中に入る。って!
「あんた!早く!!」
扉の前で立ち止まるエーデルガルトに声をかける。
「私を招いて!」
「は?」
また何を言い出すんだこいつは!
そのとき低い塀の上からヴォルフの顔が見えた。
「はやく!!」
なんなんだよほんとに!
「ようこそエーデルガルト!君を歓迎する!」
「お招きいただき感謝いたします!」
声と同時に飛び込んでくる彼女。押し倒されそうになるがどうにか踏ん張って手を伸ばした慌てて扉を閉める。鍵をかけてドアスコープから外を見る。
ヴォルフは数瞬扉を見た後再びにやりと笑って去っていった。
僕は右の壁に寄りかかりずるずるとしゃがんでいった。玄関でうつぶせになった彼女と二人息を整える。
耳の奥にドクドクという心臓の音が妙に大きく聞こえた。
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