18杯目 僕と覚悟と武器
「まず、確認なのだけれど。あなたは私の敵、ということでいいのよね?」
エーデルガルドはコーヒーをのみ切ってからそう訪ねた。
「はい、おおむね間違いありません。正確にいうならば、穢れを祓いに来ただけですが。」
彼女たちは会話を続けている。がだんだんと戦闘体制になっているのを感じる。
エーデルガルドがマグカップを置きゆっくりと立ち上がる。
祓がゆっくりと部屋によってくる。
「で?どうするのかしら?」
「失礼いたします。何がでしょうか?」
白木でできた下駄を脱ぎ、網戸をカラカラと開け白足袋で室内に入ってくる。
「どこで、どうやって、私を滅ぼすの?」
「今、ここで。私の力で浄化させていただきます。」
「そう。それは困るわね。」
ちらりと僕を見るルディーナ。
「私は困りませんが。」
あくまで柔和な雰囲気を崩さない祓。
「私が困るのよ。だからごめんなさいね。吹っ飛べ。」
その台詞前にも聞いたことが・・・
あの時の光景がフラッシュバック。
すぐさまその追憶に現実が追いつく。
もはや視界に映るかどうか、という超高速での踏み込み。
祓の懐で足元のフローリングを踏み砕ながら急制動。
生じた運動エネルギーを回転エネルギーに変え腹部に轟打。
ガゴォ、と人体を殴ったとは思えない音と同時に祓は吹き飛ぶ。
ヴォルフの時との最大の違いはその質量。女性にしてはやや長身ではあるが、女性と大男。その質量の差は大きく吹き飛び方の速度は明らかに速かった。
やや上向きの角度、超高速。膨大な運動エネルギーによるその現象の結果もはや砲弾と化した彼女身体はブロック塀の上をやすやすと飛び越える!
「シュンヤはじっとしていて!!」
そう声をかけると彼女は右腕を水平に軽く振る。その手からするりと黒い鳥のようなものが玄関に向かって飛ぶ。
彼女はそのまま一歩踏み出すと同時に跳躍。
僕からすれば信じられないことにふわり、とした跳躍でブロック塀の上に着地する。
そのとき僕の背後から先ほど飛んで行ったモノが彼女の靴を咥えて飛んでくる。
鳥じゃないあれは蝙蝠か!!
不安定な独特な飛び方で彼女に短いブーツを渡すと彼女は再び軽く数メートル跳びあがり、空中で器用かつ素早く靴を履き塀の向こう側に落ちていった。
蝙蝠が融けるように消える。
数瞬後に祓のものと思われる鋭い叫び声とともに白光が生じる。
バシュウ、と今まで聞いたことのないような音が鳴り光が打ち消される。続いてドン、という音や固いものを砕くような音が聞こえる。
おそらく戦闘が始まっている、のだろう。
つまり祓はあの攻撃を受けてもまだ戦闘ができる状態にあったということだ。
見た目は人間でも化け物というわけだ。
「・・・助けに・・・いかないと・・・」
このまま待っていろ?それに従うのか?
それが僕の望んでいた非日常か?このまま何もしないのか。
それが英雄か!?
冗談じゃない!!
「ぅあ・・・・た、助けに行く!何かはできるはず!!」
そう、僕は行く。覚悟は決めた!もう引かない!!僕は進む!
だから頼む。
「動けよ僕の足ィ・・・・・」
震えるばかりの僕の足。
今まで碌な努力をしなかった僕。
今まで逃げてばかりだった僕。
僕は臆病者だ。
彼女を助けに行くのだって口では言っていても、頭で考えていても。本能は正直だ。
彼女を助ける、そりゃできるならやりたい。たとえ多少怪しくても彼女はいい子であるし、僕を助けてもくれた。
僕の夢からしても彼女を助ける、それは最高にあこがれるだろう!
彼女を助ける理由はいくつも浮かぶ。
だが、それでも。
いくら最近の生活などがいかに主人公的でも僕は残念ながら忘れてはいない。
僕は超人ではない。凡人でしかない。
彼女たちの争いに近寄ったとしよう。
ほぼ間違いなく余波で死ねる。
彼女たちはわからないが僕たち人間の命は一つしかない。
その上簡単に死ぬときてる。
彼女はここにいろと言っていた。
一撃で吹き飛ばせるような相手。エーデルガルドにとっては余裕なんじゃないか?
邪魔になってしまったら?
助けない理由は助ける理由より多く見つかる。
圧倒的多数により僕は助けに行かない。
「違う、そうじゃないだろ僕。」
まだ続いてる白光と爆砕音を感じながら自分に言い聞かせる。
「理由は数じゃない。理由は強さだ!」
台所に行って目についたもの、醤油の瓶とスチール缶を手に取る。
ちょうどいい重さ。当たれば結構なダメージになるはず。人間相手なら、だけど。
「僕は彼女を助けたい、それが一番やりたいことだろう!」
正直半分やけくそだったと思う。
それでも僕は本能に打ち勝ち前に進めた。
足の震えは変わらないけれど。
歩ける。
玄関から靴をもってきて庭に出る。
「行くぞ。」
覚悟を口に出すと横からがさがさと音がする。
「参ったな。そんな覚悟決まった顔されたら止められねぇな。」
そこにいたのは矢撃。
僕の肩が上がり心臓が急速に速度を上げ痛みを感じる。
ブワ、と冷や汗が出る。
慌ててよく見ると矢撃は予想に反して攻撃の態勢ではなく地面に座り込み家の壁にもたれかかっていた。
見るからにボロボロでコートも袖がなかったりとだいぶ痛んでいたが、フードは無事だったようで今も顔は見えない。
「そう警戒するな、と言っても無理か。まぁいい。今は俺は敵じゃない。それだけわかればいい。ほらよ」
何か小さいものを投げてよこす。
慌てて避ける。
「っておい!受け取れよ!」
その言葉には無視して投げてきたものを観察。人差し指の第一関節ほどの大きさのガラスの筒に何か黒っぽい液体が詰まったキーホルダー?にしては取り付ける金具がないが・・・
「無視すんなよな。まぁいい。時間もないんだろう持っていけ。」
「これはなんなのさ。」
「一度だけお前を助けてくれるもんさ。」
正直訳が分からない。
ほんの数時間前殴りかかってきたやつが何かよこしてきた。
しかも急に害意がないと来た。
「ほら少なくともその手に持ったもの投げるよりは有効だと思うぜ。早いとこもって追いかけろよ主人公。あこがれなんだろ?」
・・・どうやら中での独白も聞かれていたようだ。
正直普通なら信用ならない、がここ最近の僕の周りは信用ならないことばかりだ。
毒を食らわば皿まで。
仲間っぽい奴はみんな信じてやろうじゃないか。
なんて言ったってどいつもこいつも僕なんて一ひねりできるような奴ばかりで騙す理由もないしね。
投げられたものを拾う。
「使い方は意志だ。強く願え。できることならかなえてくれる。」
「アバウト過ぎないかな・・・」
「詳しく説明してもいいが、時間もないだろう?」
顎で塀の向こうを指す矢撃。打撃音が減り白光の回数が増えてきている。
あぁもう!
「まだ礼は言わない!!」
本物かもわからないからないし。
僕は回り込むよりは早いはず、と塀に向かって走る。
飛びつくようにして塀を乗り越えた。
読んでいただきありがとうございます。
数日開けてしまい申し訳ありません。