11杯目 僕と彼女の罪
声を出す暇もなかった。
ヴォルフが僕の脇に手をかけた瞬間高速の足払い。
浮いた体の勢いのままに掴まれて僕を抱えてヴォルフは民家の屋根に飛び乗った。
踏み出すたびにがた、と音のする瓦屋根。小脇にに抱えられた状況。先ほどの加速感。様々なことに混乱していると
「跳ぶぞ。舌をかむなよ?」
頭上からの忠告。まさか、と思ったときには急激な加速。
声?腹をつかまれて加速されたんだ。息なんて絞り出されて出せるわけがない。
僕は下を高速で流れていく屋根と遠くに見える地面。激しい揺れと加速感にどうにかたえるので精一杯だった。がそれも数秒の話。
加速するぞ。
そんなような言葉(風の音で聞き取れなかった)の後にさらなる加速。僕はあっさりと意識を失った。
「・・・うおわっ!!!!」
バシャ!!という音、顔への衝撃、冷たさで僕は飛び起きた。
目の前には水がしたたり落ちるひっくり返ったコップ。その奥にはヴォルフの顔。
「起きたか?起きたな?」
僕の目の前で人差し指を立て左右に振る。僕の目が動くのを確認するとヴォルフはタオルを放ってよこした。
「拭け。」
「いやまて。ここはいったいどこなんだ?僕をどうする気だ?あんたはなぜ動ける!!」
「順番に話してやる。まずは拭け。」
どこかのマンションの一室でこちらを見るヴォルフの目には確かな理性がうかがえた。
・・・どうせ逃げることもできないか。
しぶしぶ従うことにする。だがそのまま従うのも面白くない。
「わかった。けれど、水のせいで寒いんだ。暖かい飲み物をくれないかな?」
あえて平静に。お前なんて怖くないんだと。みせつけるように落ち着いた口調で言う。
「・・・・っくく。いいだろう。」
下を向き少し視線をそらした後口元をゆがめヴォルフは立ち上がってキッチンらしき方向へ進んでいく。
どうやらそれなりのランクのマンションらしく台所もしっかりとしているようだ。
僕はようやく恐怖の対象であるヴォルフがいなくなったため、顔を拭き、髪を拭く。
あんな化け物がいる目の前で自分の視界をふさぐようなまねができるわけがない。
たとえそれが見えていても抗えない生き物相手と分かっていても。
ざっと拭き終わるとヴォルフがマグカップを二つ持ってきて木製のテーブルに置く。中は黒く、縁だけが茶色い。
「コーヒー?」
「そうだコーヒーだ。飲むがいい。」
「・・・・いた・・・。」
いただきます、と言いそうになってそれをごまかすように口に含む。砂糖もミルクも入っていない日本でいうブラックコーヒー。だというのに。
「わずかに甘い・・・?」
「コクがある、ということが多いが。インスタントに比べれば甘く感じるかもな。
」
「何よりも酸味がない。」
「豆の種類にもよるのだよ。あとは入れたてで酸化していない、というのも大きい。どうだ?うまいだろう。」
「・・・・」
僕は無言。無言だがそれははっきりとした返事として伝わったようだ。
「そいつは重畳。」
再び口の端をゆがめるヴォルフ。僕はそんなことはどうでもいいとばかりに本題に入る。
「それで、ここはいったい?」
「俺たち裁定者の隠れ家。いわゆるセーフハウスのうちの一つだ。」
「なぜ僕をここに?」
「少しばかり話しておくべきことがあってな。」
「話しておくべきこと?」
ヴォルフはコーヒーを口元に運ぶ。
「かなり重要な話が複数あってな。とりあえず順を追って話すか」
ヴォルフはマグカップをテーブルに置き説明を始めた。
世界と俺たちの関係は聞いたか?
よし。では俺達の組織のことは?
知らない?エーデルガルドがそういったのか?
まぁいい。俺たちは黒き霧、黒き大気、あるいはただ単に黒、と呼ばれる自浄組織だ。
俺やエーデルガルドのような存在は世の中に一定数存在するわけだが勝手にされると俺たちだって困るわけだ。
下手に人間にちょっかい出して消滅されても困るし、人間に勝とうと喧嘩売られても困るんだよ。
科学には勝てないなぜなら・・・・なんだ。この部分は聞いたのか。つまり人間には、科学には構造上絶対に勝つことはできないわけだ。
若い連中のなかにはそれが理解できない奴らがいてな。
そいつ単独で済むならまだいいのだが、非科学すべてを敵だと思われると俺たちは大打撃を受けかねん。
それに消滅というのはただでさえ少ない非現実の力の減少を示しているからな。そういう意味でも死なれては困るんだ。
ではどうするか。喧嘩売る前に反省を促す。
それでも無理ならば封印処置か、存在の吸収。最悪消滅、といった手順をとる。
人間たちと化け物たちそのバランスを保つためどのような処置を行うか決めるのが裁定者。その第8席がこの俺ヴォルフ、というわけだ。
「さて、ここまで来ればわかるか?」
「え?」
「本当にシュンヤは察しが悪いな。私は平和を守る裁定者だ。」
「・・・まさか。」
「なぜエーデルガルドを追っていたと思う?シュンヤが逃げたときなぜ攻撃を仕掛けなかったと思う?当然追いつける速度だというのに?」
「そんわけがない・・・」
「いいや。事実だ。彼女パルバム・フォン・エーデルガルドは人類に対する敵対行為、殺人、テロ行為に手を染めた」
「犯罪者だ」
お読みいただきありがとうございます。
本日もできるだけ複数回更新といたしますが、書き溜めもしたいため一回になったら申し訳ありません。