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五月雨ジャンピン 3

「それはマズいね」

「私もそう思う」

 昼休み、校舎のA棟の2階部分の屋上で、結衣が鋭く指摘し、貴代もすかさず同意した。

「でもさ」

「でもじゃないっ! それは甘えだよっ」

「私もそう思うっ」

 反論しようとしたけど即、結衣にカットされ、素早く貴代が同意した。貴代、煩いっ! というかメールで屋上に呼んだの結衣だけなのに何で貴代までついて来てんの?

 屋上では軽音部がミニライブをやっているけど歌も演奏も下手で、それも煩い。他に、一年の女子達が禁止されてるバレーボール擬きみたいな遊びをしていて、トスする度に山手線ゲームみたいな事をしているけど、それも煩いっ!『古今東西、ガッカリなお弁当のおかず』とか言ってやってるけど、ちょっと面白そう。混ざりたい。気が散るっ!

「香織。三瀬とあんたはもう終わったの。そこはわかってるよね?」

「わかってんのかよ?」

 いちいちダメ押ししてくる貴代。

「わかってるよ、別にどうこうしたいってワケじゃないよ」

「じゃあ、何なの? どうしたいの? あの剣道部はどうなの?」

「どうなんだよ? オイっ」

 貴代にホント苛々してきた。

「辰彦はいいヤツだよ、男らしいし、好き、だけど、何か重たくて。ほら、真澄もいいヤツだし、最近何か、あいつ急に変わったじゃんか? それで気になるっていうか、アレだよ、真澄ってもう彼氏じゃないし、何か楽なんだ」

 言ってて、あー、これは怒られるな、と思ってたらやっぱり結衣は眉を吊り上げだ。

「何をふにゃふにゃした事を言ってんだよ、お前はっ!」

「そうだっ、お前香織このアマぁっ」

 呼び方が『あんた』から『お前』に変わって一喝してくる結衣。調子付く貴代。

「違うっ、ちょっと気になっただけ。自転車の後ろにちょっと乗っただけ、何も無いし、ホントに何も無いっ、すぐ降りたしっ」

「三瀬は結構ナィーブなヤツだよ。あんま変な事すんなよ? その剣道部は3班じゃないから『外』の話だ。ウチらはあんたが別れようが続けようがどうだっていい。そっちの問題をこっちの『中』に持ってくんなよっ」

「そうだっ! もっと言ってやれっ、結衣っ!」

 この結衣の考え方には少し納得がいかないものがあった。

「何だよっ、中とか外とか、もっと友達としてアドバイスとかしてよっ、結衣っ!」

「アドバイス『とか』とか無いんだよっ! お前、ふにゃふにゃするなって言ってんだよっ!!」

「そうだっ! ふにゃ子っ! ふにゃっとふにゃり出してんじゃっ、あっ!」

 調子乗り過ぎだった貴代は結衣に、小学生の頃に習っていた合気道の技で体を捻り上げられた。結衣もさっきからイラついてたらしい。私より短気だしね。

「あっ、ぐっ・・・死、むぅっ」

 関節だけでなく肺も圧迫する技を掛けられて声が上手く出せない貴代。両腕極められてるからタップもできない。

「貴代、黙ってなっ。産婦人科の次は整形外科送りにするよ? んんっ?」

「ご、ごめっ、ごめんな、しゃいっ」

 結衣は貴代に掛けた技を外した。貴代は咳き込みながら座り込み、ひゅうひゅう、といって呼吸を整えようとしていた。半泣きだ。すぐ泣く。

「私がどうしたって、勝手じゃんか?」

「何? 逆ギレ?」

 結衣は目をスッと細めた。やっば、だけどこのまま引き下がれないっ。

「何でそんなムキになんの? 私が真澄に構ったら、そんなに悪い? 何か都合悪い?」

「は? 言ってる意味がわからないんだけど?」

 上から睨んでくる結衣、身長162cm。下から睨み返す私、身長154cmっ! あと、3cm欲しいんだよ、身長っ。

「勝手にしたいなら、勝手にしたらいいよっ」

 結衣は言って私に背を向け、階段室の方へ歩いて行った。

「貴代っ!」

「はいぃっ」

 呼ばれて、とっくに泣き止んでしゃがんだまま会話に入る隙を伺っていた貴代は、慌てて結衣を追っていった。また子分みたいになってるよ。

 結衣には昔から『結衣って真澄の事、どうなの?』疑惑があった。今更蒸し返すつもりなかったのに、ちょっと相談したかっただけなのに。

「もうっ、何だよっ」

 小さく唸って私は屋上を囲っているフェンスを軽く蹴った。



 水曜の放課後は体育館が使える。バドミントン部の三年生の女子部員は三人しかいないから、二年もすぐにコートで練習できる。

 私はロングサービスラインの後ろの片端からネットの向こうにいる闘志剥き出しの、もりまっちゃんに向けてドロップとクリアーを織り混ぜて連続で打ち込んでいた。

 ウチの部では『斜め』とだけ呼ばれてる練習法。もりまっちゃんは実際『斜め』に動き回りながら撃ち込まれたシャトルを、場所は片端で固定されてる私の所にどんどん打ち返す。打ち返せない時や私がもりまっちゃんのレシーブを返せない時は傍に置いた、いつの時代の部員が持ち込んだ物か知らない、古ぼけた洗面器に山盛りにされたシャトルを使って、また打ち込む。その繰り返し。

「もりまっちゃんっ! ファイトぉっ!」

 叫びながら打ち込む私。

「うぇーいっ!」

 応えて吠えて打ち返す、もりまっちゃん。

 スポーツブラでガッチリ固定しているけど、部で揃いのTシャツ1枚で汗だくの、もりまっちゃんの胸の躍動感は半端ない。もりまっちゃんが参加している競技はバドミントンだが、もりまっちゃんの大きい『お乳』だけは自主的に『ボクシング』に参戦しているようだ。

「ファイトっ、ファイトぉっ!!」

 叫んで打ち続ける私。色々鬱積した思いや、この後で付き合ってる辰彦と会うだけの事に過剰に緊張してしまっていることも、今は関係無い。シャトルを、打つべし打つべしっ!



 部活の後で、私は剣道部の練習が終わるのを第二武道場の外で待っていた。中を覗いたりはしない。

 第二武道場は剣道部と薙刀部が交代で使ってる。薙刀部は女子だけで、剣道部の男子とのカップル率が相当高い。一方で薙刀部は百合率も結構高い。

 剣道部の辰彦と付き合っている私だけど、ごくたまに、女子に告られたりするので、色んな意味で薙刀部達を軽く警戒していた。辰彦の元カノも薙刀部だ。ホント厄介、薙刀部。

 第二武道場の前には男子剣道部員待ちの女子達が私の他にも七人もいて、それぞれ微妙に距離を置いて自分の彼氏が出てくるの待っていた。

 ウチの剣道部、そこそこ強いからそこそこモテる。中には開けっぱなしの出入り口から食い入る様に中を見ている子もいた。凄い、真似できない。

 さっき飲み干した自販機の甘いココアのパックを持て余しながら、それだけじゃコート練習で使い過ぎたエネルギーが足りなくて、お腹をグーグー鳴らしていると、武道場から面を取った剣道部員達がドヤドヤと出てきた。

 待ち構えていた『出待ち』の女子達が殺到する。誰も待っていない剣道部員達はもういつもの事で、無駄に冷やかしたりせずに自分達はさっさと洗い場に向かう。人数少ない剣道部女子部員何て、完全に心を『無』にした顔でスルーしてゆく。

 出遅れた私は空のココアパックを手に、その場で辰彦の方が気が付くのを待っていると、辰彦はすぐに気が付いた。目元を緩めて、私に向かって片手を上げる。

 ほっと、胸が温かくなる。私、大丈夫だ。この人の事を思ってる。今日、きっと全部上手くいく。真澄にはちょっと甘えただけ、結衣ともすぐ仲直りできる。部内戦で三年生に2回勝てたし、今日の私、大丈夫だ。きっと、

「辰彦っ!」

 思ったより大きな声を出してしまったけど、私も片手を上げて応えた。



 私と辰彦は途中の『ウケモチ屋本舗 霞ヶ丘2号店』で買ったお弁当をそれぞれ持って、辰彦の家に向かって歩いていた。

 辰彦は片手で剣道具の袋を担ぎ、袋の紐を持つ手で竹刀入りの袋を持っていた。鞄はたぶんトレッキング用のシンプルで頑丈そうなリュックを背負ってる。

「親父、味噌汁作って待ち構えてるよ」

「ふふっ。お父さん、料理上手いよね」

 今夜は私と辰彦と辰彦のお父さん三人で晩御飯を食べる事になった。刑事って、警察署に何日も泊まって仕事したりする事が多いから、自分達で結構料理もするらしくて、辰彦のお父さんは料理上手だ。

 今夜の私は悪い猫じゃなくて、『息子と清い交際をしている感心な娘さん』っていうキャラ。御飯が済んだら片付けを手伝って、辰彦の部屋にも入らず、そのままスッと『清らかに』帰って、お父さんからの好感度を上げる予定。

 しばらくは夕飯や辰彦のお父さんの話をしていたけど、

「文化祭、ダンスってヤバいな。俺、苦手」

 何気なく、来月の文化祭の話になった。

「運動神経いいのにねっ」

「香織はいいよ、小学生の時、ダンスクラブだったんだろ?」

「まあね、霞真淵神社の神楽も踊れるよ?」

 ポロっと、口から出てしまった。マズい、とすぐ思った。

「八乙女神楽!」

「うん、踊った踊った」

 話の流れは止まらず、そのまま神社の御祭りの話になった。

「小六の時かぁ、俺も親父に連れてってもらったなぁ、神社の祭り。そっか、香織があの神楽の八乙女の一人だったのか。俺、見てたな」

「そうなんだ。あの時は、巫女になりきってて、あんまり覚えてないよ」

 それは嘘だ。私は確かにあの時、気持ちが入ってぼんやりしていたところもあったけど、あの祭りの事はよく覚えていた。

 真澄が見てくれていて、嬉しかった事。練習の途中で急遽入ってきた結衣が美人で、ダンス未経験なのにすぐに舞いを覚えて焦った事。全部覚えてる。

 あの時、真澄は私より、結衣に見とれていた。

「香織?」

 私が俯いて黙ったから、辰彦が気にしてきた。

「あ、違う違う。ほら、思い出してたんだ」

 私は笑顔を作った。この話題、失敗だ。話を変えよう。

「文化祭のダンスのアイディアどうする? 中々提案無いから実行委員の子苛々してたし」

「んっ? じゃ、女子は神楽とか踊っちゃうか? 男子は簡単な」

「踊らないよっ!」

 私は叫んで立ち止まってしまった。

 辰彦は戸惑っていた。

「・・・・ごめん、やっぱり今日帰るよ」

 私は一方的に言って帰ろうとした。

「香織っ」

 辰彦は追ってきて、お弁当の袋を剣道具の袋の紐と竹刀の袋を持ってる方の手に持ち替えて、私の肩を持ってきた。手が、固くて、握力が強い。

「痛いっ」

「あっ、ごめん」

 辰彦は慌てて手を離した。辰彦は何も悪くないのに、と思うと、私は心が冷え冷えとしてきた。

「どうしたんだよ、香織? 今日、親父がいるから嫌なのか? だったら弁当近くの公園で食べよう。親父も」

「親父、親父ってさっ!」

 私は、やっぱり自分はこの人を傷付けてしまうってわかった。それなら、それならいっそ、

「私は辰彦の彼女でっ、奥さんじゃないっ!! 帰るっ!」

 私は叫んで、早足でその場を去り出した。辰彦は、それ以上は追ってこなかった。



 私は30分以上歩いて、山元の家でもあるダイニングバー『霞猫』の前に来ていた。暖かい軒灯が灯ってる。私は素早くスマホで山元にメールを打った。


『トラブった。霞猫の前にいる。話、聞いて』


 カーテンの開いた店の二階の廊下の窓の向こうに明かりが点いて、最初に窓枠に猫のムー太郎が飛び乗って姿を現して窓越しに私を見下ろし、続いて部屋着の山元が姿を現して窓越しに私を見下ろした。スマホを持ってる。


『鍵開けるから勝手口から二階に上がれ、制服で店に入んなよ?』


 メールで指示された通りに私はした。



「工藤、お前、何でそんなめんどくさい事するんだよ、アホなのか?」

 山元はそう言いながら、トレイからグラス入りのビール2つと取り皿2枚、私は弁当屋の割り箸があるから自分の分の箸を1組、テーブルに置いた。

 ムー太郎は山元の部屋のソファに寝そべって毛繕いをしていた。

「私は結局、真澄の事を考えている気がするんだ」

 私は取り皿を使わず、直接開けたお弁当から唐揚げを取り出して口に入れた。

「お前、それは恋愛感情ではないと思うぞ? いや、でも人は恋愛感情だけで恋をするものでもないのかもしれないが、どうだろう?」

 山元は箸で取り皿にひょいひょいと弁当のおかずを摘まみながら言い出す。

「山元っ、人が打ち明け話してんのに、何、ポエジーな事言ってんだよ?」

 私はビールを飲んだ。旨いっ! こんな最悪な時でも『霞猫』の生ビールは旨いっ!

「いいか? 工藤。お前は真澄に置いてかれるのが嫌なだけだ。お前は八木の事をバカにしてるけど」

「してないしっ」

「聞けよ」

 山元は取り分けたおかずには手を付けず、ビールだけ一口飲んだ。

「八木は確かにちょっとアレな事はアレだが、あいつは案外成績はいいし、自分で考えて一人で行動する人間だ。その判断内容はちょっとアレだが、いや、うん? 待てっ! 今の無しだ」

「は?」

「八木を例え話に持ってきたのは間違いだった。八木は天然過ぎた」

「何だよっ」

 私はポテトサラダを食べ、ビールを飲む。

「とにかくっ、お前は、真澄に頼り過ぎだ」

「頼ってない」

「何かあったら助けてくれるって思ってるだろ?」

「思ってない」

 私も山元も真顔になってきた。

「実際、何かあったら、あいつはお前を助けるよ。助けさせるなよ? お前は真澄に自分だけ特別扱いされるのが嬉しいだけだ。そのポジションが無くなるのが怖いんだろ?」

 ヤバい、あったま来たのに、泣きそうだ。貴代じゃないのに、山元に説教食らったくらいで泣いてたまるかっ!

「怖くないっ」

 また嘘。怖い。私は怖い。

 山元は一瞬迷うような顔をして、息を吐いて、続けた。

「去年、真澄にちょっかい出したのも千石と真澄が付き合いかけたからだろう? お前、酒強いのに、缶の酒1本で酔っ払うとか、無いぜ? 工藤」

「でもっ」

「お前から見れば、急に引っ越してきた千石は横入りしたようなもんだもんな」

「私っ」

 涙が溢れてきた。最悪だよ。

「私は真澄の事、好きだよ? それおかしい? 結衣とも友達だし」

「友達でも傷付けて構わないって思ったんだろ? 真澄も、責任とって、千石と離れてくれるって思ったんだろ? でも二人ともいいヤツだから、許してくれるって、わかってたんだろ?」

 飄々としているはずの山元が、人が変わったように容赦無かった。

「何で? 何でそんな追い込んでくるんだよっ? 酷いよ、山元っ!」

 私は涙が止まらなくなった。山元は、砂利か何か食べたような顔をして、大きく息を吐いた。

「ごめん、言い過ぎた。だけど、真澄の事も、千石の事も、もう放っておいてやれよ。自分じゃ付き合えないって、もうわかったんだろ? 千石だって色々あるだろうし、真澄も色々あったぜ?」

 山元はティッシュの箱を渡してくれた。私は涙を拭いて、鼻をかんだ。

「真澄、何かあった? 最近変わったと思う」

 山元は少し迷ってから答えた。

「年上の女と、ちょっとあったらしい」

 年上の女? 全然考えもしないワードで、どう考えていいか、よくわからなかった。

「付き合ってるの?」

「フラれた、つーか何つーか、付き合ってないよ。俺らとちょっと距離置く感じもそれもあるとは思う。傷心つーのかな? それに、あいつもずっと同じじゃないよ。お前も、そうだろう?」

 山元は私の目を見てきた。

「・・・・うん」

 私は頷いた。山元は納得してくれたみたいで、子供の頃からよくする薄く笑ったような顔をした。

「大丈夫さ」

 山元はビールを飲んだ。

「恋人じゃなくても、真澄はお前を気に掛けるよ。千石とも仲直り出来るだろうし、他の3班もいるし、俺も友達的なアレだしな」

「のっぴきならないアレなんで?」

 私が残党会SNSのお決まりのフレーズを言って、二人で笑った。

「工藤。今の彼氏の、出羽とも、もう一度話してみろよ。自分の整理がつかないからって、嫌われてでも離れようとするって、真面目なようで身勝手だよ? 気持ちがあるんだったら、もっぺん、話せよ」

「うん、わかった。ありがとう山元」

 本当に肩の力が抜けた気がした。山元はまだおかずに手を付けず、ビールばかり飲んでいた。

「それさ、米はどう分けんの?」

 山元はお弁当の米を差してきた。

「んん? 半分にしたらいいよ」

 私はお弁当の御飯を箸で半分に割り始めた。山元は驚いた

「マジか?! お前、工藤。使った箸で割るなよっ!」

「男のクセに細かいなぁ。潔癖症なの?」

「いや、どうかと思うぜ。なぁ、ムー太郎?」

 山元はソファのムー太郎を振り向いたが、ムー太郎は興味無さそうに欠伸しただけだった。

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