ヤロカ火 2
燃える手を持つ三体の接近に岳が右手に持った御守りが青白く燃え上がり出したが、以前のように火傷する事はもうなかった。
「使えるっ!」
岳が御守りの火に気を取られていると、後ろの寧々が背を叩いてきた。
「岳ちゃん! 来てる来てるっ」
「おっ?」
燃える手を持つ者達は岳の眼前に迫っていた。
「火ぃやろかぁッ!!」
先頭の老婆が体をねじ曲げて叫びながら襲い掛かってきたが、岳は冷静に燃える手を避けて反撃に出た。老婆は顔面がガラ空きだったが、どう見ても人間が変質したモノであった為に岳は半歩回り込んで老婆の脇腹に御守りの火を纏った右の拳を打ち込んだ。
ドォンッ!
爆音と共に青白い炎が脇腹に炸裂し、老婆は後方へ吹っ飛んだ。
「やろかッ!」
続けて会社員が躍り掛かってきた。老婆よりリーチがあり力もありそうだったが、以前相手した怪魚と比べれば余程相手にし易かった。岳は燃える手が『ただ燃えている訳ではない』と判断し、その手に触れず左手で肘を払い背後に回って背に右手の御守りの火を叩き込み、前方に吹っ飛ばした。
動きについてゆけず、寧々が岳から離されると、最後の燃える手を持つ子供が襲い掛かった。
「やろかッ! 殺ろかぁッ!」
「寧々っ!」
岳のフォローは間に合わない。燃える手の子供は寧々の体を掴もうとした。
「嫌だっ!」
寧々は御守りと一緒に持った短い棒のような物を青白く燃え上がらせて体をねじ曲げて飛び掛かってきた子供を叩き払った。
「大丈夫かっ?」
「うん」
駆け寄った岳が確認すると寧々が持っていたのは扇子だった。岳同様、青い火はもう寧々の手も、寧々が持っていた扇子も焼いてはいなかった。
「何で扇子?」
「ダンスの授業で日舞を選んだ。ストリートダンスは練習が激しくて疲れるから」
「ああ、寧々がストリートダンス踊ってるのは想像つかないな」
「・・・どういう意味?」
「いやっ、いい意味だ」
等と二人が話していると、撃退されて倒れている燃える手を持つ物達の口、鼻、目、耳等からボトボトと様々な淡水の水棲生物の群体のようにも見えないではない流動物を垂れ流し始め、それらが抜けるに従い手の燃えていた手の火は小さくなっていった。
「う、ううう、ヤロカ、ヤロカ、ヤロカァアアっ、ううっ」
それぞれが光る目を持つ流動物は蠢きながら弱々しく呟いていた。
「出てきたのが本体、か?」
「あの人達、まだ生きてるっ!」
完全に流動物が抜けると手の火は消えた。その手は酷く焼け爛れて意識を失っていたが、全員呼吸はしているようだった。しかし抜けた流動物もまだ近くで蠢いていた。
「寧々、あのネバネバしてるのに止めを刺す。扇子を貸してくれ」
「御守りは?」
「自分のは自分で持っててくれ」
岳は少し笑って扇子だけ受け取った。
「大丈夫」
不安げな寧々の頬に一度触れて、扇子を手に岳は一つの塊に集まりつつある光る目を持つ流動物に歩み寄った。扇子に自分の御守りの青白い火が燃え移る。扇子の柄は表が紅葉、裏は薄だった。出来る感触はあった。
「ううっ、うっ、真、淵の、火ぃ、い、嫌な火ぃいいっ」
流動物は恐れていた。
「お前達に『何のつもり』何て無いんだろうな。だから俺も同情しない、じゃあな」
「やっ、ヤロカぁあッ!!!」
光る目を持つ流動物達は伸び上がって岳に襲い掛かった。
岳は動じず、青白く燃える扇子を横一文字に払った。逆巻く浄火に流動物達は一瞬で焼き祓われた。
「岳ちゃん!」
寧々が駆け寄ると消耗した岳はよろめき、その大柄な体を華奢な寧々は必死で支えた。
「・・・いいカップルだわぁ、主人公とヒロイン感ある。早坂さんのポジション、憧れるな。自分でゴリゴリ戦うのは何かコレじゃない感があるわ」
近くの古びた5階建てマンションの屋上から制服に面だけ被った結衣が来ていて、呟いた。近くに霧の姿のオンボノヤスと夜雀を従えていた。結衣は面を取った。
「霞ヶ丘に戻ってすぐ慌てて来ちゅうが、自力で問題無いぜよ」
夜雀がやれやれ、といった顔で言うと、
「送ったの、俺」
オンボノヤスが即、訂正した。
「おんし、細かいのぉ」
「そこはもういいわっ。それよりあの化け物、『ヤロカ火』だっけ? 本体を早く探さないと」
結衣はポケットから紙の人形
(ひとがた)を十数枚は取り出した。
「ヤロカ火の本体は手強いち、そっちは聡に任せて結衣は分離体を狩るのに専念するぜよ。あっちは聡に殺らせるち」
「ほうほうね。ヤロカ火、マジヤバいよ。話、通じない。真淵の兄ちゃが片すよ」
夜雀とオンボノヤスに口々に制され、結衣は渋い顔をしたが、
「わかった。とにかく騒ぎが大きくなる前に事態を収めよう」
結衣は、息のあるヤロカ火の分離体に取り憑かれていた物達を介抱したりスマホで救急車を読んでいる岳と寧々を一瞥し、面を被り直すと、持っていた人形を全て宙に放った。一枚の人形は7~8羽のよく見るとデフォルメされた蝶に変化し、蝶らしからぬ高速で方々へと散って行った。
「これ以上、私の街の人達を傷付けるのは許さないっ!」
結衣はどこからともなく取り出した手斧を青白い炎と共に三枚刃の大鉞に変化させた。
部活の後で落ち合い、野間宏一と八木貴代はカラオケボックスに来ていた。歌う為ではなく、恒例になっている霞ヶ丘青年会館での演劇部の福祉公演の台詞の練習に貴代が宏一を付き合わせていた。
「大陸なら、僕達は南米に流れついたんだ」
台本のコピー片手に棒読みの宏一。
「ほらねっ! 僕の考えた通りさっ」
熱演する貴代。
宏一は欠伸をした。
「ふわっ」
「ちょっと宏一ぃっ!」
「いやさ、部活の後だよ? 十五少年漂流記とか眠いって。もう帰ろうよ貴代」
「もうっ、心が無いんだよ、あんたはぁ」
「役者じゃないから。トイレ行ってくるよ、っと」
宏一はソファから立ち上がって貴代の前を通って出入り口へと向かいだすと、貴代は宏一の尻を叩いた。
「芝居の話じゃないんだよぉっ」
「へいへい」
宏一は適当に受け流して個室の外へ出て行ってしまった。
「あーっ! 腹立つわぁっ。ホント別れちゃおっかなぁ。でもあいつ、一人だとまたオバケに襲われた時、大変だろうし・・・もうっ! 人に迷惑かけるのは慣れてるけど、人の世話焼くのは慣れないよっ。凄いストレスっ! やっぱ結衣か山元に記憶消してもらおっかな? 辛いわぁ」
貴代は不満げに言って、飲み残しの気の抜けたメロンソーダをストローで飲み、鞄から手鏡を取り出して前髪等をイジり始めた。と、
「八木。今、いいか?」
鏡の中に学生服に面を付けた聡が姿を現した。
「わっ! 何っ?! 山元?」
貴代は鏡を取り落としそうになった。
「そう、俺俺。詐欺じゃないぜ?」
鏡の中の聡は面を取ってみせた。
「わかってるよぉっ! 何詐欺だよっ。つーか、普通に現れろ!」
「いや、実際そこにいるワケじゃないから。ま、いいや」
「よくないよぉっ」
「何っだよ、絡むなぁ」
うんざり顔の聡。
「ああんっ?!」
凄む貴代。
「時間が無いんだよっ」
「どうせまたオバケだろ?! 今月もう3回目だよぉっ?」
「今回のヤツは本当にヤバいんだ」
「ヤバくないヤツに遭った事ないんですけどぉ?」
「ぐっ! 何であれ、野間の異常に化生を引き寄せる特質が必要何だ。被害が拡大する前にさ」
貴代は目を細めた。
「・・・フォローはあんの?」
「二人とも御守りは持ってるだろ? それで居場所もわかるし」
「他にはぁ?」
「人形だけそっちに四枚飛ばしてる。ちょっと待てよ」
鏡の中で聡が念じると人形が四枚、出入り口の隙間から入り込んできた。
「お? 来た」
四枚の人形は宙を舞って貴代の胸ポケットに収まった。
「これからターゲットをそっちに囲い込む、近くまでくれば『100%』野間に引っ掛かるはずだ」
「野間ホイホイだね」
「まあな。とにかく『本体』を押さえるのが難しい化け物だ。遭遇したら、ヤツの『火』に触れない事と、ヤツの『問い掛け』にも応えないように気を付けてくれ」
「何か難しくなぁい?」
「大丈夫だ。姑獲鳥の時のような無茶はさせないさ」
「疑わしいぃ~っ」
「前向きに善処する」
「代議士かよっ!」
「よしっ、じゃあな!」
「何、今の『よしっ』は? オイっ!」
聡は面を被り直して、さっさと鏡の中から姿を消してしまった。
「くっそぉ~、山元のヤツっ。記憶が戻る前から何かオカシイと思ってたんだよっ。ややっこしいなぁ、もうっ」
そう言いながらも貴代は御守りを鞄から学生服のスカートのポケットに入れ直し、さらに持ち物の中から使えそうな物を手慣れた様子で物色し始めた。
「火がどうとか言ってたから、燃やす系はダメかぁ? 御守りの火はイケるのかな? あいつ、結衣より手際はいいけど、情報提示が甘いんだよなぁ毎回っ。説明責任が、アレだよねぇ。うーん」
等と独り言を呟きながら貴代が準備していると、前触れ無く出入り口のドアが開き、カラオケボックスの店員が入ってきた。
「あっ、何か頼んでましたっけぇ? 連れが戻ったらもう出るんで」
と言って顔を上げると、
「火、火、火ぃぃいいいいッ!!!」
店員は体を異様にねじ曲げながら唸り、両手を燃え上がらせた。
「おおおううっ?!」
ビビる貴代。
店員はあり得ない程に大口を開けた。中から様々な淡水水棲生物が混ざったような化生『ヤロカ火』が顔を出した。
「娘。火、やろか?」
ヤロカ火は問い掛けてきた。
「山元仕事速過ぎぃいいいいっ!!!」
貴代は絶叫した。




