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九月姑獲鳥 3

 公園近くの雑木林に宏一と、遅れて来た貴代は隠れていた。木が邪魔で『ウブメさん』も上手く飛べないだろうと期待したのと、ここなら街の人々を『巻き込まなくていい』と考えていた。二人は、自分達だけでどうにかできる奇妙な予感を持っていた。

「・・・ウブメさん、来ないね」

 手近な太い木の枝を『棍棒』として持っている宏一。

「諦めたかもぉ? お茶とスプレー連続で目にくらったもん、ヘコんだんだよぉ」

 と言いながらも先を尖らせた『槍状』の枝を持っている貴代。

「いや、ちょっと『ヘコんだ』くらいで目的諦めるテンションじゃなかったよ、あれは」

「目的かぁ」

「うーん。ウブメさん、何かエキセントリックだったよね?」

 二人はそれぞれ得物を手に、そんなぼんやりとしたやり取りをしていたが、やや間を置いて、まず宏一が気が付いた。

「あっ、『目的』って」

 顔を見合わせると、貴代も気付いた。

「ウチらじゃなかった、よね?」

 二人は声を合わせて言った。

「赤ちゃんっ!」

 産婦人科医院は公園のすぐ傍だった。



 産婦人科医院は血と腐肉の臭いのする薄く赤黒い靄に覆われていた。稀に医院前の道を通る人々はそこに医院がある事を忘れ、医院に用のあった者は、医院の前に来た途端に、気が変わったり、別の医院にゆくつもりだったと考えがすり替わって去って行った。医院の周囲に強力な『人払い』の妖力が働いていた。医院の中にも血生臭い靄は立ち込め、滅茶苦茶に荒らされ、医師や他の職員、『赤子』、『妊婦』以外の来院者達は傷付けられ、赤い靄毒気に当てられ倒れて息も絶え絶えとなっていた。

 赤子と妊婦達は全員、分娩室に集められいた。分娩室の隅で身を寄せる大半の妊婦達は痛め付けられていたが、赤い靄の毒気には当てられていない様子だった。姑獲鳥は破壊した分娩台等の医療器具等で作った歪な『巣』に座り込み、捕らえた八人の赤子を愛おしそうに抱え込んでいた。毒気は赤子も傷付けてはいないようだった。

「ああ、愛しい私の子供達。強い子に育ちなさい、強い子に育ちなさい」

 姑獲鳥は涙を溢しながら繰り返し囁き、赤子達も安らかに眠り続けていた。このままならばこの世ならぬ化生けしょうに変化しない限り、この赤子らが目覚める事は二度となく、やがて衰えて死に絶えてゆくばかりである。それが姑獲鳥の『子守こもり』の妖力であった。姑獲鳥の中には時に、人の大人も区別なく捕らえて『子守』するモノもいたが、この姑獲鳥はそのような嗜好は持っていないようだった。

「私達は帰してっ!」

 妊婦の一人が姑獲鳥に叫んだ。

「赤ちゃんはその子達で十分でしょう?! 私達は帰してっ! お腹の子まで盗る気っ?!」

 恍惚としていた姑獲鳥は虚ろな顔で叫んだ妊婦を見た。

「・・・子供は、盗らないわ。だがっ、ケケェーッ!!」

 姑獲鳥は奇声を上げて全身の血塗れの羽根をナイフの様にして妊婦達に放った。

 悲鳴を上げる妊婦達。羽根は浅く刺さると、傷口から徐々に姑獲鳥と同じ『血塗れの鳥』の姿に変化し始めた。

「お前達もッ、私と同じになれッ! 子供も同じになれッ! お前達だけ『人の母』にはさせない、その子達だけ『人の子』として産まれさせないッ! そんなの、そんなのッ、お前達だけ、お前達だけッ、『幸せ』に何て・・・絶対に許さないッ! ケケケケェーッ!!!」

 姑獲鳥は奇声を上げて嘲笑い、体が変質してゆく妊婦達は苦しみ、恐れて泣き叫んだ。そこへ、



「あ、この部屋っぽいね」

「この靄臭過ぎる。あ、でも生理っぽいかもぉ?」

「うわっ、貴代、そういう事言うなよーっ」

「客観的な事実だべしたぁっ」

「何で福島弁?」

「ソースかつ美味しかったよねぇ」

 宏一と貴代がヌルいやり取りをしながら、しかし枝の『棍棒』と枝の『槍』を構えて一際赤い靄の濃い分娩室に突入してきた。

「ん?」

「あれ、人ぉ?」 宏一達は部屋の隅でもがき苦しむ妊婦達にやや遅れて気が付いた。

「た、助けてっ」

「化け物にされるっ!」

 妊婦達は必死で宏一達に訴えた。

「何か、ウブメさんっぽくされちゃってるよ。やっばっ」

「あっ! 宏一っ、いるいるいるっ!!」

 貴代は赤い靄の向こうの『巣』にいる姑獲鳥を指差した。

「ウブメさんっ!」

「赤ちゃん達がっ!」

 姑獲鳥は宏一達をギョロギョロと、鳥の仕草で見回した。

「また、お前達か。『選んだ』訳でもないのに、なぜ私の毒靄の中で動ける?」

 宏一達は一瞬、目配せして、霞真淵神社の御守りを取り出してみせた。

「これが利いたんだよ、ウブメさん」

「安心と安全の虎三郎さんブランドだよぉ」

 姑獲鳥は赤子達を抱えたまま、

「私を・・・」

 巣から身を起こし、人であった頃は美しかった顔を醜く歪めた。

「妨げるかぁッ!!!」

 妊婦達に放った血塗れの羽根を姑獲鳥は今度は宏一達に放った。

「おっ!」

「よぉっ!」

 宏一達は短く声を上げて、それぞれ左右に転がって羽根のナイフを回避した。

「貴代っ! プランCでっ」

「何一つ打ち合わせしてないでしょうがっ!」

 掛け合いしつつ、散発的な羽根のナイフの連射を避けて間合いを詰めてゆく二人。『覚えてはいない』が、手慣れた対応だった。

「ケケェーッ!!」

 当たらない事に痺れを切らした姑獲鳥は赤子を抱えたまま飛び上がり、足の鉤爪で宏一より動きの遅い貴代に襲い掛かる。

 内心待ち構えていた貴代は姑獲鳥にスマホカメラのフラッシュを使った。

「ケェッ?!」

 眩しさに怯んだ姑獲鳥の鉤爪を避ける貴代。すかさず突進してきた宏一が、

「失礼しますっ!」

 枝の棍棒で姑獲鳥の翼と化した右腕の肘を殴り付けた。

「ケケェッ!!」

 右側に抱えた赤子を取り落としそうになる姑獲鳥。

 いち速く身を起こした貴代は枝の槍で、

「そもそもお前何なのぉっ?!」

 叫んで姑獲鳥の左の二の腕を突き刺した。

「ゲェッ!!」

 仰け反る姑獲鳥から枝の槍を引き抜くと、腐臭の強い赤黒い血液を撒き散らし、

「ケェエエッ!!」

 喚いて、姑獲鳥いよいよ両腕の赤子を取り落としそうになった。

「その子達、離して下さいねっ!」

 宏一はもう一撃入れようとし、貴代もその後に続こうと枝の槍を構えると、

「渡さないッ!!!」

 姑獲鳥は夜雀よすずめを撃退した赤い旋風を巻き起こした。

「うわっ?!」

「ふわわぁっ?!」

 宏一と貴代は吹き飛ばされ、分娩室の壁に激突した。風の毒は御守りよって祓われが、特に間近に迫っていた宏一は強く体を壁に打ち付けられた。

「ぐぅっ」

「いったぁっ!」

 二人ともすぐには起き上がれない。

「渡さないッ、誰にも渡さないッ! 私の愛しい子供ッ!! 一人も逃さないわッ」

 左腕から流血しながら、姑獲鳥は中空に体を浮き上がらせて宣言すると、分娩室に異変が起こり始めた。宏一達が入ってきた出入り口から、白い靄が侵入し始め、姑獲鳥の赤い毒靄を退け始めた。

「何だ?! 私の毒気がッ!」

 姑獲鳥が戸惑っていると、

「往生際が悪いとは、お前の事ね」

 白い靄の向こうから、人影が現れた。

「お前は?!」

 その『女』は紫とオレンジの仮面を付けていた。長い髪で、神主とも陰陽師とも山伏ともつかない装束を纏い、左の手首に獣の飾り紐で霊器『物呼玉ものこのたま』を括り付け、右手には奇妙な手斧を持ち、傍らには身を屈めた立てば三メートルは身の丈のありそうな白い靄で覆われた姿のはっきりしない大男を従え、さらに女は頭に中型犬並みの大きさの黒い雀、『夜雀』を乗せていた。

「ふふっ、名乗る程の」

「忠告したきに、おんしゃあ、はちきんでは済まんのぉっ」

 女の返答に割って入って夜雀が喋り出した。女は慌てた。

「いや、ちょっとっ」

「お前っ、仲間を『従えて』来たかッ、ケケェーッ!!」

 威嚇する姑獲鳥。

「違うっ、私が『従えてる』のっ!」

 アピールする仮面の女。

「さすけなしっ!」

 適当に相槌を打つ白い靄の大男。

「何がだよっ! 今、入って来なくていいよ、オンボノヤス」

「ん? 一旦、外に出るの?」

「違うよっ、標準語で喋れるのかよっ」

「ケケェーッ!」

「ちょっと待てっ、鳥っ!」

「ん? ワシかいのぅ?」

「お前じゃねぇよっ、つーか降りろ! 頭、もげそうだわっ」

「難しいのぉ」

「どこも難しくねぇよっ、普通の猫でもテーブルから飛び降りれるだろっ?!」

「ワシは猫では」

「ああそうだろうねっ、ごめんねっ!」

 仮面の女がヤケクソ気味に返していると、

「・・・その声っ、結衣じゃないのぉ?」

 どうにか身を起こした貴代が言い出した。

「いやっ、違うっ! 私じゃないっ!」

 仮面の女は慌てた。

「・・・この声は千石だね。どうしてコスプレ? 目覚めたのか?」

「何も目覚めてないわっ! 私は千石結衣ではないよっ!!」

 ムキになる千石結衣らしき仮面の女。

「もうそっちはいいきに、千石結衣。さっさと片付けようや」

「普通に名前で呼ぶなっ! わざとだろっ?! お前に始めてフルネームで呼ばれたぞ?!」

「声色変えずにペラペラ喋るきに、変な事になりゆうが」

「うっ」

「やっぱ結衣じゃん」

「説明しろよ千石」

「いや、それはっ」

「さすけ、てる?」

「うっさいっ!」

「センゴクユイ」

「お前は覚えなくていいからっ! 何だ?! 全員グルかっ?! いいんだよっ? もっかい登場するところからやり直してもっ! 私はさっ!!」

 キレ気味だが、とにかく仮面を付けた千石結衣が宏一達の窮地に現れたようだった。

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