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迷宮喫茶

「ああ、暑いっ。こんな昼間に外歩くのヤダぁっ、もぅ~っ」

 日傘を手元でクルクル回して不機嫌な貴代。今に限らず、先月の三瀬と千石に便乗してついて行った福島旅行の途中から、ずっと不機嫌だ。春から渋っていた復縁を7月に入って急にOKしてくれたと思ったら、こんな具合。

「もうすぐ図書館だから、中に自販機あるし、近くに喫茶店とうどん屋もあるよ?」

「知ってますぅ」

 膨れっ面で言って、貴代は図書館への坂道をどんどん先に進み始めてしまった。

「貴代、待ってっ」

「宏一、遅いっ!」

 俺も機嫌悪い貴代を追って、坂道を登り出した。日差しが焼け付くような、夏の昼下がりだった。



 図書館のすぐ近くの喫茶店『千夜一夜』が見えてくると、へばっていた貴代が突然走り出した。

「えっ?」

「いい席取っとくからっ!」

「あっ、うん。入るんだ・・・・」

 俺が戸惑っている内に、貴代は千夜一夜に入って行った。いつもながら、貴代のテンションの切り替えの振り幅や、判断基準そのものに圧倒される。

 俺は自分だけだとあまりにも何も起こらないので時々不安になるくらいだから、貴代といると『驚き』や『戸惑い』を感じる事が出来て何だか安心する。変なのかな? 貴代本人にも何度かそういった事を打ち明けた事はあるけど「変なの」とか「ふ~ん」とか、あっさり受け流されてばかりだ。俺にとっては結構、切実何だけどね。

「野間」

「おおっ?」

 いきなり後ろから声を掛けられて物理的に驚かされた。振り返ると山元がいた。私服でスポーツバッグを担いでいて、いや、そこはいい。山元はあちこち怪我をして服もボロボロだった!

「どうしたんだ?! 山元っ、救急車」

「いや、いい。これくらいはすぐ治る」

「治る?!」

「ああっ、説明は後だ。取り敢えずこれを食べてくれ」

 山元は煎ったような『豆』を数粒差し出した。

「何これ?」

桃豆とうずという。即席で『迷い』の術の類いに対抗する術を掛けといた。ある程度効果あるはずだ」

「何を???」

 俺はなぜか山元に混乱させられた。何かの冗談か?

「おまじないだよ、おまじないっ! いいから食べとけってっ」

 山元は無理から俺に『豆』を渡してきた。

「これを・・・食べればいいのか?」

「早くっ」

 山元は焦っていてふざけているようには見えなかった。それと妙に言う通りにした方がよい、と『知って』いる気がした。

「わかったよ」

 俺はもらった『豆』をポリポリと食べてみた。これは・・・・

「美味いねっ、コレ。もっとくれよ」

 桃味の煎り豆だった。かなり美味い。

「やたら食べるのもよくないんだ。とにかく、詳しくは後で『調整』するから」

「調整?」

「野間、お前は妙に『引き』易いところがある。すでにある程度『ヤツ』は弱らせたから後は止めを刺すだけ何けどな。ちょっとミスって『陣』の外に逃げられた。気を付けてくれ」

「逃げられた? 何が?」

「じゃ、なっ」

 山元は言うだけ言うと一歩下がり、どこからともなく取り出した歌舞伎のあの髪を振り回すやつを小さくしたようなカツラと一体化した、紫とオレンジの奇妙な仮面を付けた。途端、山元は青白い炎に包まれ、掻き消えてしまった。

「ええーっ? 山元っ?! ちょっ、手品っ? 大掛かり過ぎるっ! ええっ?! 山元っ! 説明っ! 山元ぉーっ!!!」

 俺が虚しく叫んでも、消えた山元が再び現れる気配はさっぱり無かった。



 俺は茫然としたまま喫茶『千夜一夜』に入ると、貴代は観葉植物の陰になった奥のソファ席に座ってクリームソーダのアイスを食べていた。

「遅いよぉ、何してたの?」

「いや、ちょっと・・・」

 貴代は確かに変わっているが、さっきの出来事は『変わった事』という範囲を超えていた。俺は意味がわからなさ過ぎたので、一先ずスルーする事にした。

「その・・・クリームソーダ頼んだんだ」

「見ればわかんじゃんっ」

 貴代はあくまで不機嫌だった。そう、ここまでだ。俺が許容出来るトリッキーな事象はこの辺が限度だ。

「そうだよね、ハハハ」

 無理矢理笑って席につき、アイスコーヒーを頼んだ。ここのアイスコーヒーはちゃんと店で作っていて、美味しい。よし、いいぞ。このまま『いつもの今日』に戻ろう。

 頼んだアイスコーヒーがくると、俺はストローで一気に3分の2程度飲んだ。喉が自分でも驚く程にカラカラだった。

「宏一、どんだけ喉渇いてんのぉ?」

 俺の飲みっぷりに、機嫌の悪い貴代も苦笑した。

「外、やっぱ暑いし。ははっ」

 俺も笑って、空気が少しだけ弛み、そのまま何でもない事を話しながら、ナポリタンとミックスサンドも頼んで分け合って食べたりした。20分くらい話し込んだ。福島から帰ってからこんなに貴代と普通に話したのは初めてだよ。

 俺達はすっかりリラックスして、俺はふとトイレに行きたくなった。

「あ、ちょっとトイレ行ってくるよ」

「うん、行ってらっしゃい」

 俺は『千夜一夜』のトイレに入った。



 トイレを済ませた俺は、洗面台で手を洗い、ハンカチ代わりに持ち歩いてるバンダナで手を吹いていた。貴代とまたいい雰囲気に戻れて俺は嬉しくて鼻唄を歌っていた。絶好調だ。山元の件は夜、電話かSNSで確認してみよう。何かの間違いか、手の込んだ冗談かもしれないからね。


「・・・・足りぬ」


 不意に声がした。嗄れた老人の声だが、『複数』の男達の声にも聞こえた。

「え?」

 俺は周囲を見回した。トイレは洗面所と一体になった個室で、洗面所自体にも鍵が掛けられる。俺は当然鍵を掛けていた。俺以外、誰も、いない。だが、外から聞こえた声ではなかった。


「足りぬ、足りぬ、ううっ・・・・」


 呻きも合わせた嗄れ声がまたした。

「何、だよ?」

 山元のさっきのワケのわからない話と関係あるのか? 俺は、脂汗をかいて、

「・・・まさか、だよな?」

 トイレのドアを、開けてみた。何も、いない。

「何だ」

 俺はほっとして、さっさと洗面所から出ようとドアの鍵を開けてノブを捻って押したが、

「あれ?」

 開かない。

「何だこれ、壊れたのか?」

 いくら押しても、捻っても、一応引いてみても、まったく開かない。


「・・・足りぬ、足りぬ、足りぬぅっ、うぅ、うぬぅ~ッ!」


 いよいよ、嗄れ声は大きくなり出した。俺は焦った。

「くっそっ! 何だ?! 開かないっ! 誰かっ! すいませんっ、ドア壊れてますっ! ちょっとっ!!」

 俺は呼び掛けて、ドアを叩いて、何度か体当たりもしたが、薄っぺらく見えるドアは鉄の板のようにビクともせず、店や他の客も貴代も誰も返事をしてくれない!


「足りぬぅっ! 足りぬぅっ!!」


 嗄れ声はもう間近で叫ばれているようだ。

「煩いっ! 黙れっ! くっそっ」

 俺は震える手でポケットからスマホを取り出したが、手に取った途端、バイブ着信が入り、心臓が飛び出るかと思った。

「ほわぁっ?! なっ、誰だよっ!」

 画面を確認してみると、メールや電話ではなくSNSだった。

「何でバイブ着信っ?!」

 送り主名は滅茶苦茶に文字化けした『何者か』で、内容は、


『足りぬ』『足りぬぅっ』『ううっ』『足り』『ぬぅっ!』『足りぬっ!』『足りぬ足りぬ足りぬっ』『足りぬ、なう』『足りぬぁッ!!』『足りぬ足りぬ』『足』『り』『ぬ』『ぅっ!』


 凄ぇ書き込まれてるっ。

「縦読み?! 勝手に登録するなよっ! ちくしょうっ、どうなってんだっ?」

 俺が混乱していると、


 ズッ、ズズズズッ!!


 何か、液体状の物が細長い管を流動するような音がした。

「今度は何だ?!」

 俺は周囲を見回す。音は洗面台の方からする。配水管か? いや、違うっ! 音は台の上だ。台の上? 台の上で細長い管・・・

「花瓶、か?」

 台の脇に趣味のいい、細長い花瓶があった。瓶には確かカラーという花が一輪挿さされていた。その花がゴポゴポと音を立てて上下に揺れていた。

「マジか?」

 俺は後退ろうとしたが、洗面所は狭く、ロクに後退れないっ。

「くっそっ!」


「足りぬ、足りぬ・・・ん~、べッ!」


 花瓶から花が飛び出し、花瓶は台の上でガタガタと揺れ出した。

「何なんだよっ?! 山元っ、これは、あっ」

 一瞬で、それは花瓶の口から伸び上がってきた。

「足、り、ぬ」

 伸び上がり膨らんだそれは人の顔のようにも見えたが、大き過ぎ、角があり、よくみると顔の側面や伸びた首にもいくつも小さな顔が付いていた。

「顔?」

 俺が呟くと、

「ふんむぁああああ~おおおっ!!」

 それは唸って、口を開けた。いや、開け過ぎだ。マンホールより断然大きい。口の中は黒々としていたが、その中に、異様に組み換えられ、肥大したような喫茶『千夜一夜』の外観が見えた気がした。

 今、店の中にいるのにコイツの口の中に店らしき建物が見える。鏡を二枚合わせた時の事を思い出していると、俺は、ヒュルルルゥっと捻れるように、コイツの口の中に吸い込まれて行った。



 気がつくと、『千夜一夜』の客席フロアに俯せになっていた。

「・・・何、だ?」

 身を起こし、周りを見てみたが、広い。さっきまでいた『千夜一夜』の数倍、いや十数倍は広い! 全ての調度品と内装が歪んでいた。おまけに、壁にデタラメにドアや窓が多数付けられていた。窓の外は墨を落としたように真っ黒だった。

「貴代っ!! 誰かっ! 誰もいないのか?」

 呼んでも、見回しても、無人だ。ラチが明かないので俺は相当歪んではいるが、出入り口らしい所から外に出ようと、歩み寄った。すると、


 ドンっ!!


 閉じた出入り口の外からさっきの『顔』がドアに体当たりをしてガラスにヒビを入れてきた。

「おおぅっ?!」

「・・・足りぬぅっ!!」

「だから何が足りないんだよっ、ちくしょうっ!!」

 俺は出入り口の前から走って逃げ出した。全速で走り、奥の壁に多数付いているドアを目指したが、肥大した『千夜一夜』のフロアは広過ぎるっ! 俺がモタついている内に、『顔』は出入り口のドアを突き破って、顔だけでなく丸太のような両腕を店の中に捩じ込んできた。

「何だアレっ?『鬼』か?」

 ヤツの体はゴムか液体のようだが、出入り口の大きさに対してサイズがデカ過ぎるようで、詰まった状態でもがき、出入り口の周りの壁にヒビを入れ始めていた。

「やっべっ!」

 俺は多数の店の奥の壁のドアに向かって走ったが、突然、腹の中がボッと燃えるように感じた。

「あっつっ! 何だよっ?!」

 思わず立ち止まって自分の腹を見ると、服越しにも腹が光っているのがわかった。

「はぁあっ?」

 俺がまたワケがわからなくなっていると、右手側のテーブルの下からも腹と同じような光りが差してきた。

「同じ、光り?」

 近付いてみると、テーブルの下に潜水艦のハッチのような物があり、その隙間から光りが漏れ出していた。

「斬新な構造だね」

 振り返るとヤツはもう胸まで体を捩じ入れてきていた。

「足りぬ! 足りぬ! 足りぬっ!」

「・・・入るしかなさそう、かなっ!」

 俺は覚悟を決めて、ハッチを開けて光りの中に飛び込んだ。



 飛び出した先はシックな『千夜一夜』から一転、やたらラブリーな、メイドカフェ調の内装だったが、問題が二つあった。一つはハッチから出るとそこはいきなり天井で、しかも俺は普通に天井に逆さまのまま立てている事。

 もう一つはさっきと違いフロア側には可愛い格好のメイド達といかにも秋葉原風の服装の客達が多数いたが、全員、『何か』に体の肉を全て喰い尽くされた後で、骨にされて、床に転がされている事。

「これがホントの『冥土カフェ』、何てね。ハハハっ」

 俺は全く面白くない冗談を言って、天井を駆け出し、側面の壁側に多数見えた扉に向けて取り敢えず移動し出した。

「俺もさっき、アイツに喰われたよな? この『店』の中で喰われるとホントに殺られるって事なのか? それともここはもうガチで『冥土』だったりするのか?!」

 口に出してみたが、『引き続き意味がわからない』という事がわかっただけだった。

 と、ヤツがハッチの蓋を吹き飛ばしてこの『メイドカフェ』に姿を現した。上半身を出してまた体を詰まらせている。

「足りぬぅ~ッ!!」

「どんだけ大喰いだよっ」

 軽くツッコみながら、走っていると、今度は途中に通り掛かった天井のエアコンの蓋が光り出した。

「エアコン? もはやドアじゃないのかっ」

 俺はエアコンのドアをカパッと開けた。そのまま蓋を捨てると、蓋は当然のようにフロアの方に『落ちて』いった。俺はもういちいち驚かない。

 蓋の中には金庫の扉があり、近付くと、俺の腹が光り、それに反応して金庫のダイアルが独りでに正しい番号に合わさり、金庫は開いた。

「あの『豆』の効果? 凄ぇな、俺の腹」

「足りぬぅッ!!」

 振り返ると、ヤツは詰まったまま体を引き伸ばしてこちらに迫ろうとしていた。

「ヤバいっ」

 俺は金庫の光りに飛び込んだ。



 飛び出した先は無限に見える程、広い奇妙な甘味喫茶のフロアの一角だった。だが、天井は無く、空には異様に大きく明るい月が出ていて、店内のあちこちには竹まで生い茂り、やはり骨だけにされた店員と客の死骸が散乱していた。

「・・・何か、最後っぽいな」

 俺は呟き、辺りに目指すべき扉は見当たらないが、出てきた金庫の傍にいるのはマズいだろうと、走って離れた。

 少し駆けると、ここでも腹が熱くなり光り出す。やや離れた竹藪から同じ光りが漏れ出す。

「あっちか!」

 俺はどうにも出来ない放置された多数の死骸を傍を抜け、竹藪に向けて走った。と、後方で俺が出てきた金庫が弾け飛び、中からヤツが全身を現した。

「キモぉっ!」

 その気持ち悪さにビビる。ヤツの下半身は蜥蜴(ヤモリ?)のそれで、四頭身くらいの上半身と合間って、絶妙の醜さだった。

「足りぬぅッ!!」

 ヤツは蜥蜴の下半身でこちらに迫り始めた。結構速いっ!

 俺は竹藪の前に全速で走り込んだ。すると、奥の光る竹藪はザザザっと左右に退き開き、その奥に鳥居が見えた。鳥居の向こうは光っており、覗き込むと本来の正しい『千夜一夜』の外観が見えた。

「これだっ!」

 俺は鳥居の向こうに走り込もうとしたが、

「なぜ、正しい扉を選ぶ事が出来たぁああっ?」

 真後ろから声がした。振り返ると、ヤツが音も無く、間近に来ていた。

「お前に、特別な力は無いはずぅっ、なぜ、だぁああ?!」

「ハハっ、何でだろうね、不思議だね」

 俺はなるべく愛想よく笑顔で対応してみた。

「足りぬッ!!」

 ヤツは自分から話し掛けておいて、問答無用に丸太のような片腕を振り下ろしてきた!

「どぅあっ?!」

 俺は素早く転がって床を叩き割るその一撃を避けた。主に体育の『体操』とバイオハザードをプレイして学習していた! 毎回ダルいと思っていた体操の授業とカプコンに感謝っ!

「まあ、落ち着きなよ? 俺一人くらい食べてもお前の体の大きさじゃ全然足りないだろう? 冷凍牛肉の輸送トラックとか襲った方が合理的じゃないか?『生肉好き』ならそうするのがセオリー何じゃないかな?」

 無理ゲーだが、説得してみる。

「足りぬだ! 足りぬだ! 塞がらぬっ! にっくき『真淵の狩り手』に受けたこの傷がぁっ」

 ヤツが叫ぶと血生臭い煙がヤツの全身を覆い、隠されていたヤツの傷が露になった。

「おおっ?!」

 ヤツは全身を、巨大な炎の爪か何かで引き裂かれようにズタズタにされていた。

「お前の肉と! 血と! 臓物と! 皮でぇっ! この傷を塞ぐのだぁあッ!!」

「だから俺一人じゃ、質量的に全然『足りない』って!」

「足りぬッ!!」

「いやだからっ」

「肉、喰わしやぁッ!!!」

 ヤツは上半身を伸び上がらせ、体をより大きく膨らませた。元々大きな体が一軒屋くらいの大きさにした。

「どぅおおおっ?! これは、無理ゲー過ぎるぅっ。貴代っ、この『喫茶店』はヤバ過ぎた。早く、逃げっ」

 言い終わらない内に、ヤツはトラック並みに膨らんだ腕を振り下ろしてきた。到底かわせないっ。周りからはきっと、貴代からも、つまらないヤツだと思われていたろうけど、それなりに楽しかった。皆、ありがとう。俺は目を閉じた。


 ズバァアアアッ!!!


『何か』が引き裂く音と、肉が焦げる臭いがした。

「んげぇえええええッ!!!!」

 ヤツが絶叫する。

 目を開けると、目の前でヤツがさっき振り下ろそうとしていた腕を手首から肘まで斬り裂かれ、傷口を青白い炎で焼かれ後退ってもがき苦しんでいた。

「はっ?」

 俺が唖然としていると、後ろから襟首を掴まれて宙に浮き上げられた。

「のほぉっ?!」

 俺は宙でピザの生地のように俺を持ち上げた相手に片手で背中を持たれ、ヤツから距離を置いた位置にその相手は着地し、俺をわりと雑に床に降ろされた。

 へたり込んだまま振り仰ぐと、神主っぽい服装に例の紫とオレンジの仮面を被ったやや小柄な男だった。片手に刃先に青白い炎の灯った小刀を持っている。

「・・・山元?」

 仮面の男は答えずに、小刀を持っていない方の手でどこからともなく札を二枚取り出した。札には即、青白い炎が点り、仮面の男はそれを宙に放り、叫んだ。

蒼雀アオジっ! 夜雀ヤスズメっ!」

 札はそれぞれ燃え上がり、炎の中から中型犬並みの大きさの青い雀らしい鳥と、黒い雀らしい鳥が飛び出した。

「足止めしろっ!」

 仮面の男が命じると、二匹の鳥は砲弾のような速さでヤツに襲い掛かり始めた。

「ひぃいいいッ!!『狩り手』の手先がぁっ! 裏切り者どもがぁッ!」

 鳥の速さと、一撃で肉を吹き飛ばす嘴の威力にヤツは対応出来ないようだった。

 ・・・それよりも、鳥達に命じた声は紛れもなく山元だ!

「お前、山元だろ?」

 改めて話し掛けると、仮面の男はあっさり仮面を取った。やっぱり山元だ。怪我はもう殆ど治っていた。ホントに治せるのか?

「さすが野間、俺が知ってる中でこんなに『引き』の強いヤツいないわ」

「何が『引き』だよっ?! 死にかけたぞっ? 説明してくれっ!」

「ん~? あのデカブツは『禍家マガツヤ』。一回隠れると見付けるのが相当難しい化け物何だけど、こんな短時間で速攻でお前が引っ張り出してくれた。道案内もさ」

「道案内?」

 山元は指でクイっと引き寄せる動作をした。それに反応して、俺の穿いているハーフパンツの尻のポケットの辺りから何かが剥がれ、俺の前に浮いて静止した。人の形に切り抜かれた紙切れだった。

「これは人形ヒトガタっていう。色々使い道はあるけど、今回は発信器代わりにした。こういう風にも使える」

 山元が指を構えると人形は青白く燃え、さらに山元が鳥と争うヤツを指差すと、燃える人形はヤツの顔面に突進して激突し、爆発した。

「ぶぇええッ?!」

 ヤツは片目を吹き飛ばされた。

「詳しくは後で話すよ」

「えっ、後で?」

 それ以上は俺に構わず、山元は仮面を被り直し刃先の燃える小刀を両手で構えた。

散散散散ちちちちッ!!」

 山元が鋭く叫ぶと小刀全体が青白い炎に包まれ、小刀は刃が五枚飛び出した奇妙な太刀に変わった。五枚の刃先全てに青白い炎が灯っている。

「蒼雀っ! 夜雀っ! 押さえろっ!!」

「簡単に言うてくれはるわぁ」

「鳥使いが荒いじゃけぇのぉっ!」

 人の言葉が話せるらしい鳥達はマガツヤという名だというヤツを挟んで翼を拡げた。それと同時に旋風が起こり、マガツヤは風に縛られ、動きを封じられた。

「足らぬ! 足らぬ! 喰い足らぬっ! 招いて喰いたしやぁっ!!!」

 足掻くマガツヤ。

 山元は燃える五枚刃の太刀を手に軽々とマガツヤの頭上高く跳び上がった。

「欲張ってんじゃねぇッ!!」

 山元は太刀が振り下ろし、マガツヤを叩き割ると、時間差でマガツヤの全身が五本の見えない刃で引き裂かれ、青白い火で焼き払われた。

「凄ぇっ・・・」

 俺は呆然とするしかない。

「お先に失礼しますえ~」

「もう帰るけぇのぉっ!」

 鳥達はさっさと鳥居を潜って飛び去って行った。


 ゴゴゴゴッ!


 甘味喫茶の空間自体が揺れ、あちこちにヒビが入り始めた。

「おおっ?」

「もう少しは持つよ」

 山元は太刀を小刀の形に戻し、鞘に納めて袂にしまいながら近付いてきて、改めて仮面を取った。

「野間、お前は霊力は全く無いが、異常に化け物を寄せやすい性質を持っている。そのつど記憶を『調整』しているが、俺がお前を助けんのこれで217回目だよ」

「217回?! そんなに?」

「そ。もう毎回説明するの面倒でさ。今回、説明が雑になってごめんな」

「いや、まあ、助かったからいいけど、俺、そんなに何度もトラブってるのか?」

「だね。普通こんだけ記憶イジったら負担になるものだけど、野間って記憶操作にも耐性があるみたいなんだ。ほら、お前って何か『心が薄い』だろう?」

「いやっ、ちょっと待て待てっ!」

 何か藪から棒に酷い事言われたぞ?!

「俺、意外と持ってるよっ?『ヒューマニズム』っ!」

「あ~っ、実はこの件も73目何だ」

 山元はため息をついた。

「ええっ? お前、既に72回も『心が薄い』って言ってきてたの?!」

「・・・よしっ、じゃあさ」

「いや今、『よしっ』で受け流そうとしたよね?!」

 山元は心底めんどくさそうな顔をした。

「とにかくっ、どうする? 一応聞くけど、記憶消す? それとも消さない?」

「え? ・・・どうだろ? 覚えておいた方が、気を付けられるんじゃないか? 今後」

「そうだろうけど、過去に21回試した時は毎回、ストレスで胃炎と不眠症になってすぐにギブアップしてきたけど?」

「ええっ?! そうなの?」

「そうだったなぁ」

 俺は頭を抱えた。

「・・・ずっと平凡な人生だと思っていたのにっ! 山元、俺は今後無事で済むのか?」

「なるべくフォローする。野間は悪運も強いし、基本、冷静だ。結局、その時のお前自身を信じるしかないんじゃないの?」

 山元は学校と同じノリで気楽に言ってきた。

 俺は大きく息を吐いた。

「わかった。記憶は消してくれ。これからも、頼むよ?」

「任せとけって、なるべく方法が無い時以外はお前を餌にして化け物を呼び寄せるのは控えるよ」

「そうか・・・ん? 今、何か変な事言わなかったか?!」

「またなっ! 野間っ!!」

「おいっ、山元っ?!」

 山元が指で構えると、濃い桃色の霞が発生し、俺を包み込んだ。その甘い香りの中で、ああっ、確かに、この感じ、よく知っている、と思っていた。



 俺がトイレから出ると、ソファ席で貴代と山元がケーキを食べながら話し込んで盛り上がっていた。

「あれ? 今日、山元も一緒だっけ?」

「んん? バスでばったり会ったじゃんか? 俺も図書館で調べ物あってさ」

「そうだよ宏一、何言ってんのぉ?」

 貴代はモンブランをパクつきながら言ってくる。

「そうだっけ? あれ?」

 俺は腑に落ちないような気もしたが貴代の隣に座った。ま、いっか。俺は食べかけの『自分が頼んでおいたハーブケーキ』を食べ出した。

「ん~っ、やっぱ『千夜一夜』のハーブケーキは美味いね」

「ちょっとちょうだいっ!」

「いいよ、貴代」

「やったっ」

 貴代は嬉しそうにハーブケーキを食べた。うん、やっぱり『普通の日常』がいいね。平凡過ぎる毎日のスパイスは少し変わった彼女で十分。俺はそれ以上冒険には興味無い。

「何か、凄い満足そうだよな」

 山元はチョコレートケーキを食べながら言ってきた。

「そりゃそうさ」

「なら、いいんだけどね」

 満足そうな俺を見て、山元は満足したようだった。何だ? 俺が少し戸惑っていると、

「あれぇっ?! 何あの鳥っ!」

 貴代が窓の外を見て声を上げた。俺と山元も外を見ると、店の前の道路の電線に滅茶苦茶デカい雀のような鳥が止まっていた。青い鳥と黒い鳥だ。

「アイツらっ!」

 山元は急に慌てて店を飛び出して行った。

「山元っ?!」

 外に出た山元は鳥達に向かって何か叫び、鳥達を追い払ってしまった。

「あら、追っ払っちゃったよ? 山元」

「何だろね?」

 俺と貴代が言っていると、山元は脂汗をかいて戻ってきた。

「何? 鳥と知り合い? そんなワケないか、ハハハっ」

「鳥と知り合いだって!」

 俺と貴代は笑い合い、

「ま、まさか」

 山元はなぜか? 脂汗をかいたまま、苦笑いをしていた。

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