会津パープルオレンジ 2
会津若松駅に降りた私達はまず駅のマスコットだという『あかべぇ』を見に行った。
「ゆるキャラだけど中には入れないんだぁ。設計ミス?」
「半端な存在ね」
駅構内に展示されたデブォルメされた真っ赤な牛『あかべぇ』を前に貴代と私は毒舌だった。
「たまに地元の電車に乗せたりするみたいだよ? 違うのかな?」
スマホの会津若松関連のサイト? を見ながら言ってくる三瀬。
「場所取りそうだね」
関心薄そうな野間。
それでも私達はせっかく会津に来たんだからと、数分の間『あかべぇ』の写真を撮ったり近くをウロウロしたりしたけど、結論として『さっさと白虎隊像見にゆこう』となって駅から出た。
駅前の二体セットの白虎隊像は中々のクオリティだった。
「んん、これは腐女子ウケ属性持ってるねぇ」
「そう? 桃太郎感強い感じだけど?」
「あ、それ、俺も思った」
「バスあっちだよね?」
「宏一、飽きるの早過ぎ」
「いやっ、写真は撮るけどっ」
『あかべぇ』よりかはいくらか持ったが、白虎隊ファンではない私達は7分程で白虎隊像に『お腹一杯』になり、すぐ傍のバス停に向かった。いざっ、芦ノ牧温泉地へっ!!
阿川の渓谷沿いの旅館の部屋は思ったより立派な物だった。
「広いなぁっ」
三瀬のテンションも高い。
「2時間サスペンスドラマみたいっ」
独特な例えの貴代。
「四人いるから三人は殺られちゃうねっ!」
妙な乗っかり方をする野間。登場人物四人中、三人も殺されたらサスペンスではなくサイコスリラーだよっ。私が、貴代と野間、どっちからツッコんでやろうかと構えていると苦笑気味だった中居さんが話し掛けてきた。
「御夕飯はどうされますか? 5時からお出し出来ますが?」
「7時でお願いします」
三瀬が即答すると、貴代が反応した。
「えーっ?! 遅いってぇっ! 6時頃食べようよぉっ」
野間もすぐに加勢に入る。
「俺らは旅館に残ってるんだよぉ?」
「ああ、そっかぁ」
三瀬は困惑顔で私を見てきた。
「じゃあ、貴代達は6時に出してもらって、私達は7時に食べればいいんじゃない? どうせ別行動だし」
「それで、よろしいですか?」
私が言うと、中居さんが素早く三瀬に確認を入れてくる。こういう小さなトラブルには慣れているようで、油断無い。
「はい、それでお願いします」
「かしこまりました。ではごゆっくり」
中居さんは丁寧に、ちゃんと日本式でお辞儀をして退室していった。
三瀬が小さくため息をついていると、不意に貴代が三瀬に顔を近付け、意外な事を言った。
「香織じゃ気まず過ぎるから代わりに来てあげたけど、結衣に酷い事したらホントに2時間サスペンスな事してやるからね?」
「・・・・わかってる」
変な子だから忘れがちだけど、貴代も一応私の幼馴染みではあった。
温泉街から大戸岳方面のバスに乗り、私も三瀬も無口だった。『年上の女』は大戸岳近くの養蚕と加工を纏めてしている工房で働いているらしい。
窓側の三瀬は物憂い顔で山や田舎の景色を見ていたが、
「何か、ごめんな」
ポツリと、謝ってきた。私は慌てた。
「あっ、全然大丈夫だから、私こそ無理について来て」
「いや、ホント、ごめんな」
「大丈夫大丈夫、大丈夫だからっ」
面と向かって謝られると、どうしていいかわからない。こんな事なら一度くらい店の客とでも付き合っておけばよかった。経験値が足りない。いくらでも機会はあったのにっ。
いや、これは経験値の問題じゃないのかな? そうだ、そうに違いない。一般的な健全な男女の交際の中でもかなり特殊な状況じゃないだろうか? それならしょうがない。私が動揺するのもしょうがないっ! むしろ『一般的な』反応の範囲とすら言えるわっ! 私は多数派っ!
私が一人、内心で開き直っていると、膝の上に置いた小型のリュックの中で『何か』が、ドクンッと脈打った。
「えっ?」
私はリュックの中を確認してみる。物呼玉が脈打っているようだった。手で触れると、いつも温かい獣の毛の飾り紐だけでなく、勾玉自体が少し熱くなっていた。
今なの? 今、私を試す? ような変な『モノ』を呼べというの? 私は困惑した。
走行中のバスの中だ。他に客もいるし、隣に三瀬もいる。勘弁してほしかった。
「どうした?」
「いやっ! 何でもないよっ、ちょっとスマホがねっ、アハハっ」
私は何とか笑ってごまかし、物呼玉の鼓動は無視した。今は無理だったてば。大体、私に『何』を呼べっていうのよ? 私は今日のこの状況に手一杯で、ワケのわからない『モノ』に構ってられなかった。
バスから降りると、空気まで田んぼの味がするような田舎だったけど、バス停のすぐ近くに個人経営のコンビニと雑貨屋の中間のような店があった。
「ちょっと寄ろうよ?」
「ああ、うん」
もう心ここにあらずな三瀬は私が誘うままコンビニについてきた。私も別に喉は渇いていないし、お腹も特に空いてなかったが、このまま歩いて10分程度だという絹工房に直行するのはちょっとキツかった。
夜、9時にはしまってしまうが朝は『5時』から開いているという田舎のコンビニで、私はお握り二つとお茶のボトルを買い、三瀬はアイスコーヒーのボトル缶だけ買った。
店を出る時、三瀬はフリーペーパー等が入れられたラックから何気なく、地元の観光マップのような物を取っていた。
「何か、面白そうな場所あった?」
歩きながらぼんやりマップを見ている三瀬に話し掛けてみる。
「絹工房の先にカフェがあるみたいだ。地元の有機野菜のカットケーキだって」
「よさそう、後で寄ろうよ?」
「そうだね」
三瀬はバスから降りて初めて私の目を見て振り返り、微笑んだ。私は、やっぱり会わせたくないな、って思い、思うと同時に背中の物呼玉がドクンッと脈打つのを感じた。
マズいな。今、『呼ぶ』のはきっとマズい。私の心はよくないドロドロした思いで濁っていた。
バスの通りから一本入って、絹工房のすぐ近くまで歩いてきた。ボトルのお茶は何口か飲んだけど、お握りにはとてもじゃないが手を付けられず、ビニール袋に入ったままだ。
絹工房は養蚕も繭の糸への加工も全て行っているというからどんな施設かと思っていたけど、それは自治体の集会所を少し細長くしたような小じんまりとした物だった。
「結構小さいね」
思わず呟くと、
「うん」
三瀬は短く応えたけど、たぶんあまり伝わってない。三瀬は立ち止まったまま、少し離れた工房の玄関を見ていた。
そもそもどうするつもり何だろう? って正直思う。私がその『年上の女』なら、はっきり言って迷惑に感じるんじゃないかなってすら思う。
でも、三瀬は真剣な顔で玄関を見詰めていて、私はそもそもと言ったら、私こそ何のつもりでついてきている? と酷く惨めな気持ちになった。
するとドクンッドクンッとリュックの中で物呼玉が脈打つ。ああ、煩い。後で、ドッジボールが出来るくらい纏めて『呼んで』やるから今は黙ってなっ!
「一人で行くよ。よく考えたら向こうも困るだろうし」
急に振り向いた三瀬は苦笑してそう言った。私はポカン、としてしまう。
「一応、メールはしたけど、俺がいきなり会いに来るのもめんどくさいだろうしさ。千石はカフェで待ってて、これ見たらわかると思う」
三瀬はマップを渡してきた。
「三瀬、私・・・・」
そこから何て言ったらいいか? 言葉に詰まっていると、
「あっ」
三瀬は小さく声を上げて玄関の方を見た。プラケースを持った女が出てきた。
ケースには製品が入ってるらしい紙袋がいくつも納められていた。スニーカーに、作業着然とした薄手のデニム、工房の名前入りのTシャツ、首にタオルを掛けて、ボブカットの頭にキャップを被った。少し背の高い棒のような体型の女。
写真までは見た事はなかったけど、一目でわかった。それは三瀬が会いに来た『年上の女』、大山朋だった。