蹂躙の裏で:戦士編
今日の訓練は戦闘においてどれだけ立ち回れるか、それを見ようと思っています
怪我人が出る可能性が高いので、回復術師を読んでおきました
「では、今日はあなた方がどのくらい戦えるのか、チェックしましょうか」
訓練開始の時間、私は訓練所の中央に移動して告げます
「一人ずつ順番に相手しましょう、キノアイトさん、来てください」
私は斥候、周辺警戒や気配察知、罠解除に鍵開けなど、雑用に近いがかなり重要な職を志望していた訓練生、キノアイトを呼び出し、正面に立たせます
そして構えたのを確認して、訓練所の端に待機させている回復術師に合図をさせました
「用意、始め!」
合図の直後、キノアイトは持ち前の俊敏を生かして距離を詰めてくるようです
確かに、私の武器は鞭、その中でも牛追い鞭と呼ばれる長いものです
確かにこの武器だと接近戦に持ち込まれると取り回しづらくなります
そして、相手の武器を取り回しづらくするという事は、相手に隙を作り、味方をサポートすることにもつながります
斥候として、隠れて隙を狙うと言う戦い方もありますが、相手に認識されてしまっている場合では、この戦略もかなり良いと思います
そう考えているうちに、私の鞭が届く範囲に入って来ました
まず一撃、相手の足下に威嚇の為の攻撃をします
牛追い鞭は先端の速度が音速を超えることで非常に大きな音を立てることが出来、未熟な戦士だと、これだけで飛び退き、動けなくなってしまうことが多いです
しかし、キノアイトは慣れていたのか、それとも先に想定していたのか、その俊敏と器用さを最大限利用して、地面を叩き勢いが弱まった鞭の先端を掴んできました
流石にこの手は予想外です
少々驚きましたが、この戦法は、同レベル帯の相手なら有効ですが
レベル差がある相手にはその手は通用しません
くっと、鞭を引くと、冗談のようにキノアイトが飛んでいきます
ちょっとやり過ぎたかとは思いましたが、回復術師の応急処置を受け、ているので、命に別状なかったのでしょう
そう結論し、運ばれて行くキノアイトから目を離しれ次の訓練生を呼びます
「次、シルヴィさん」
シルヴィ、双剣士と言う、スピード重視で、一撃のダメージを重視するのではなく、連続で細かなダメージを与えることで戦う職を目指している少女です
シルヴィは少しは戦闘経験があるのか、すでにレベルが上昇していて、今回の訓練生の中では最高であるレベル3を持っています
「始め!」
相手が構えたことを確認した回復術師が、合図をかける
キノアイトと同じように飛び込んでくると思ったのですが、その予想は外れて、シルヴィは動かずにこちらを観察してきます
しばらく睨み合っていると、こちらが動かないと分かったのか、やはり突撃を仕掛けてきます
スピードはキノアイトほどでは無いですが、その分を細やかなステップで狙いを定められない様しているみたいです
しかし、あまりその様な動きには慣れていないようで、だんだん動きが単調になってしまっています
鞭の間合いに入ってすぐの威嚇、キノアイトの時を見ていたのか、少し右にずれて、鞭に触れないようにさらに間合いを詰める
2撃目、肩口に当てに行く、ステータスなどを考慮してかなり緩めに振るったそれは、シルヴィに当たることは無く、片方の剣に逸らされる
3撃、4撃と重ねるごとに重く、速くなっていく攻撃
その全てを見事にさばき、私を剣の間合いに収める
ここまで近づかれてしまっては、もう鞭は振るえない
私は鞭を持っていない方の手を握り、顎に打ち込みます
その一撃で脳震盪を起こしたシルヴィは、立ち上がることが出来ず、そのまま気絶しました
まさか2戦目で体術を使うことになるとは思いませんでしたが、これだけの技量があれば冒険者として有名になれる、そう思わせるものがありました
シルヴィが回復術師に回収されている間に、次の訓練生、グレンを呼びます
「次、グレンさん」
グレン、片手剣を使用する攻防一体の戦士です
レベルも若干上昇しているらしいので、多少の戦闘経験があるのでしょうか
「始め!」
今回は、防御も出来なければならない盾持ちなので、今までのように待つのでは無く、攻めることになっています
限界の確認のため、徐々に鞭の威力を上げていきます
筋力の差のせいか、相手は受け止めることしかできないようで、攻撃に転じてきません
それが変わったのは、30撃を超えたあたりでしょうか
「うおおおおおおお!」
突然、グレンが雄叫びを上げ始めます
それと共に周囲に漂う雰囲気が変わりました
先ほどまで受け止めるだけだった鞭を、盾の角度を変える事で受け流し、私の方へにじり寄って来ました
近づくほどに威力を増させ、鞭を振るえるギリギリの間合い、その一撃だけは手加減などを一切せず、ステータスやスキルの補正を受けた状態で放つことを許されています
パァン!
今までとは比べものにならない速度と威力を持つ一撃
その一撃は、グレンを吹き飛ばし、それだけで無く盾を大きく抉りました
流石に耐え切れませんでしたか、そう思いながら元の位置に戻ります
ふとグレンの方を見ると、回復術師に肩を支えられているものの、意識を保っていることに少し驚きます
このステータス差で気絶しなかったのは、当たりどころが良かったからでしょうか、それとも、今回の訓練生が優秀すぎるのでしょうか
まあ、多分前者だとは思いますが、ギルドの方に報告は出さないとですね
「次は、ステレラさんは魔法使い枠ということで後回し、タルクさん」
タルク、タルク・スティルバイト、下級とはいえ貴族である彼は、全属性適正という力を持つものの、三男であり、許嫁などを拒んだ故に冒険者として大成することを強いられていると言う情報もあります
既に武術スキルと魔力操作スキルと言う、冒険者となるための最低条件を達成していて、局所魔力循環などの技術も持っています
正直、この講習を飛ばしても問題は無いのですが、真面目な性格なのか、今の所全ての講習に参加しています
「始め!」
合図が響きます
直後、タルクが駆け出しました
キノアイトやシルヴィには及ばないスピードでしたが、フェイントなどを含まない一直線の走りは、誰より速く私の攻撃範囲に近づきます
いつもの通り、威嚇の1撃目
それを手元に戻すタイミングで、タルクはさらにスピードを増します
局所魔力循環を使用した両足は、ステータス上では最速であるキノアイトを大きく上回るスピードで私に近寄ります
そして、あっという間にタルクの武器の間合いに
目の高さで構えられた細剣を持つ右手は、局所魔力循環特有の燐光を放っています
爆発的なスピードで右手の細剣が放たれます
持っているステータスを駆使しても、避けることで精一杯でした
反撃を繰り出そうとしましたが、その時には既にタルクは魔力枯渇で倒れていました
限界まで魔力循環を使っていた影響か、右腕や足が腫れ始めているようです
少し心配でしたが、先にギルドの職員としての仕事をこなさなければなりません
「次、ジェムさん」
視界の端で、回復術師に担がれて医務室に運ばれるタルクを見ながら次の訓練生を呼びます
ジェムは盾使い、軍や騎士団などでは一般的ではありますが、冒険者ではあまり見ない、集団戦でのみ真価を発揮する職です
「始め!」
防御を主眼に置く職業相手にはこちらから攻めることにしているので、今回は私が動きます
ガッと、最初の一撃が壁のような盾に防がれます
少し移動して攻撃、移動して攻撃、攻撃、攻撃…
少しづつペースと威力を上げていきますが、盾は常に同じ角度で私に向かっているため、自分が動いていないのではと錯覚するくらいでした
今はグレンに打った1撃の80%ほどを出しているはずなのですが、全く盾がぶれる様子がなく、こちらを向いています
そう思っていた矢先のことです
ジェムの大盾が迫ってきました、もしそういう攻撃が来ても良いように、十分に距離を取っていたはずなのですが、いつの間にか近づかれていたようです
そのまま鞭が使えない範囲まで迫り、叩きつけるように盾を動かします
いわゆるシールドバッシュと言われる技です
このサイズの大盾を叩きつけられては、レベル差があると言っても、骨折くらいはするはずです
流石に骨折となると今日は訓練が続けられなくなるので、少々本気を出すことにします
迫り来る盾を、ステータスを利用して、馬跳びの要領で飛び越えます
物語などでは盾の上で片手逆立ちをしたりしそうなものですが、軽業スキルを持っていない私には出来ない芸当です
その代わりと言ってはなんですが、そのままジェムをも飛び越え、後ろに回ったところで首筋をトンッとする
その一撃で意識を奪われたジェムはそのまま倒れこみ、気絶した
次は魔法使い組ですか、ステレラは基本的に戦闘ができない職なので、こちらもハンデを背負いましょう
ガーネットはかなり魔力の扱いが上手いらしいので、気をつけてかからないとですね




