Intent 11
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戦いを終え、俺は膝をついて呆けていた。
勝てたのは運が良かっただけだ…たまたま《移動速度上昇》スキルのLvが上がって、リミッターの時間が増えただけだ。Lvが上がってなかったら確実に蜂の巣にされていた思う。
後ろからはリューク達の声が聞こえる。そして俺の頭の上には金色の『WIN』の文字が見える。
リュークは体の動かない俺に抱きついてくる。なんの躊躇も無く抱きついてくるって事は、俺のアバターが少女と言うことを忘れている。周りから見たらただのカップルだ。
「抱きつくのはいいけど、俺のアバター女だぞ。分かってるのか?」
リュークは少し顔を赤くして俺から離れる。少しだけ動くようになってきた体を動かしてリューク達の方を向く。見てみると、ミカン、ユーリンは泣きそうになっている。とゆうかユーリンに至っては泣いている。
「あ、ああありがとうごじゃいます」
「何言ってるか分からないぞ」
「そう言うなって。嬉しいんだろ?」
「ありがと……助かったわ」
ユーリンは未だに泣いていて、ミカンは恥ずかしそうにだがお礼を言ってくる。
「まぁ、久しぶりにゲームが出来て楽しかったよ。ありがとうな」
最初は戻る気は無かったが、改めてこの世界に来れてよかったと思ってる。だからどんな理由だとしてもこの世界に戻るきっかけをくれたのだからお礼は言うべきだと思う。このことだけ考えたら島原のお陰でもあるかも知れない。
「さてと、後は戻るだけだな。戻ったら俺はログアウトするわ。最初に言った条件はしっかりと呑んで貰うからな。詳しいことは明日言うから」
「本当に助かったよ。ありがとうな」
「気にするな。ルルも明日話すってことでいいか?」
『はい。大丈夫ですよ。今日は本当に助かりました』
今この場には距離があってこれていないルルにも確認を取る。すると丁度『WIN』の文字が消え、『10…9……」とカウントダウンが始まる。元居た場所に戻るためのカウントダウンだ。
そしてカウントダウンの数字が「0」になると辺りが暗くなり、瞬きをすると元々居た場所にいた。周りには、開始早々やられた、シクルドをはじめ、リューク、ミカン、ルル、ユーリン全員が立っている。シクルドは俯いている。多分、偉そうなことを言ったのになんも出来なかったから悔しいのだろう。俺達のすぐ近くにはおっさん達の集団が立って、こっちを向いている。特に俺をガン見している。
「じゃ、じゃあ俺は落ちるからな。後は自分達でどうにかしろよな」
なんか男達の俺を見る目が怖いからログアウトを押す。リュークはもう一度「ありがとう」と言っていた。
目を開けると自分の部屋の天井がVRギアのレンズ越しに見える。壁に掛かっている時計を見るともう十一時を回っていた。二時間弱のダイブをしていたことになる。随分と長くやっていた感覚がある。VRギアを外して体を起こしてVRギアを片付ける。
VRギアを片して終わった俺は部屋から出て、階段を下りる。リビングにはまだ明かりがついている。ログインする前に電気を消したはずなのに電気がついていると言う事は妹が何かしているのだろう。
一階に降りてリビングに入ると、案の定髪を下ろしたパジャマ姿の妹が居た。そして俺が今日の帰りに買ってきておいた、木曜日限定販売のメロンパンを満面の笑みで食していた。
「お、おい優花なんでそれを食べているんだよ!」
「あったから食べていいのかなって」
普通においといたら食われると思ったから態々隠しておいたのに優花はあっさりと見つけたらしい。
「お兄ちゃんそんな怖い顔しないでよ。折角の可愛い顔が台無しだよ?」
「おい、誰のせいで怒ってると思ってるんだ。それに可愛いってなんだよ」
優花は俺の愛しのメロンパンを食べられて怒っている俺を気にせず、へらへらとしながらメロンパンを食べ進める。最後の一口くらいせめて食べようとしたが、貰う前に俺の目の前からメロンパンは優花の口へと吸い込まれていった。
今現在時刻、十一時四十二分。リビングのテーブルを挟んで、俺は優花と向かい合っている。優花は正座をして、俺はソファに腰を掛けている。ただいま絶賛お説教タイムです。
「前から言ってるだろう。俺のメロンパンを勝手に食うなって!どれだけ楽しみにしていたと思ってるんだよ!」
「待ってよお兄ちゃん。お兄ちゃんは毎週あのメロンパン食べてるじゃん」
「毎週食べてるからなんだよ!あの、夢ユメパン工房の木曜日限定発売のメロンパンは毎週食べても飽きないんだよ!逆にもっと食べたいと食欲をそそるんだぞ!一人一つまでなんだぞ!どうしてくれるんだ……」
俺は泣きそうになりながら優花を説教する。
「お兄ちゃんさ、少しはメロンパン我慢すれば?毎週最低でも四日はメロンパン食べてるよね?栄養摂取に偏りが出るよ。メロンパン王子でも目指してるわけ?」
「朝しっかりとバランスよく食べてるから問題はない。昼もしっかりと弁当持って行ってるだろ。それにメロンパン王子なんていい称号じゃないか」
「お兄ちゃんゲームの次にメロンパンの事愛してるよね」
「……それは昔のことだろ。今はメロンパンを一番に愛してるんだ」
「嘘だね……」
優花の一言で俺と優花の間に重い空気が流れ始める。
今の優花の声のトーンは今までの会話のトーンとは全然違かった。優花の一言に困惑しながらも優花との目は合わせたままだ。優花の目は真剣な目をしている。こんな優花の目を見るのは、ゲームを止めた時以来だ。
「…いきなり何言い出すんだよ……」
「今のお兄ちゃんは昔のゲームをやっていた時みたいだった。なのになんで態々嘘つくの?」
「………」
どう返していいのか分からず、黙り込んでしまう。
今日、竜に誘われて久しぶりにVRMMOの世界にダイブして昔みたいにいつのまに楽しんでいた。それでも、表面上には出したつもりはない。いつもの俺と、さっきまでも俺はそんなにも違っていたのだろうか……
優花の言葉に返事をすることが出来ず、黙り込んでいると優花からきり出した。
「昔も聞いたけどなんでお兄ちゃんはゲームを止めたの?」
「それは…お前がいる「いつ私が止めてって言ったの」」
優花は俺の言葉を遮り、話を続ける。
「昔の私は何も出来なかったけど、今なら少しでも手伝うことはできるよ?なんで頼ってくれないの?それに私がゲームをやっててお兄ちゃんは何も思わなかったの?」
優花は昔の俺と同じでゲーマーだ。元々俺から誘って始めさせたゲームだったが優花は嵌ってくれた。そんな優花に俺の勝手な思いでゲームを止めさせるわけにはいかなかった。
最初VRMMO世界から離れた時は、自由にゲームを出来ている優花が羨ましかった。そんな感情も次第に湧かなくなっていた。
「別にゲームを止める必要は無かったんじゃない?もう私もそんな小さくないよ。お兄ちゃんのやらなきゃいけないこと私も一緒に手伝うよ。だからもう我慢しなくてもいいんだよ。もうそんな悲しい顔をしないでよ。前みたいに明るく生活してよ」
俺だけじゃなかったらしい。悲しい気持ちを抱いていたのは。優花もまだ小さいながらも色々考えてくれていたらしい。俺だけが悲しい思いをしているなんて思い込んでいてバカみたいだな……
優花の言ったことを何度も胸の中で思い出す。
思い返すたびに自分がバカらしくなる。
「……そうか。止める必要なんて無かったのか。俺のせいで優花に迷惑掛けていたのか」
「うーん、迷惑では無かったけどテンション最大では楽しめなかったよね」
今まで見えてなかった優花の八重歯がハニカンだ時に見える。今まで少し暗めの顔をしていたのが嘘のような顔をしている。これだけ見るとテンション最大で楽しめなかったなんて嘘のように思えてしまう。
「明日からは私も料理するからね!」
「あ、それだけは手伝ってくれなくていいわ」




