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 王都を離れること2000キロメートル。すでに村落も人影も絶え、森は深く、行く足元は獣道のみ……このユーミニアの国はアスミリア大陸の中でも南端にあるのだから、田舎国と呼ばれている。

 王都こそ石造りの家が立ち並び、大きな宮殿を擁して発展している。しかしくだってすぐの村落は土壁の農家が立ち並び地平線の際まで畑が広がる牧歌的な風景だけが名物だ。

 そこからさらに奥、山間地に分け入ったのだから多少の悪路は覚悟していたが、まさか馬車すら途中で通れなくなるほどだとは思いもよらなかった。

 この獣道の果てに女傑族という少数民族の住む村がある。山間に暮らす狩猟民族で、この国ではすでに廃れた原始的な文化をいまだに守り続けているのだという。

 男は……サブラストはその村を目指しているところであった……


◇◇◇


「あたしたちが田舎者だからって馬鹿にしてるんだろ?」

 冷たい口調にサブラストの背筋が凍った。

 彼の相手をしているのは女傑族の族長だ。とはいっても族長を継いだばかりだということで若い、もちろん女である。長く伸ばした髪は頭の後ろにきりりと結い上げ、目鼻立ちのくっきりとした美人である。

 族長の正装なのであろう真っ赤な民族衣装を、彼女は身につけていた。ゆったりと縫い合わせたスカートの裾には手の込んだ刺繍がびっしりと施されて華やかであり、少し日に焼けた彼女の肌を引き立てている。質素な小屋づくりの族長の家の中に花が咲いているようだ。

 今、その花は少し怒っている。夏の嵐の中にしゃんと立つ赤花のように美しい怒りだ。

「あんたたち都会のものには見物気分、珍しいもの見たさなのかもしれないが、あの神殿はあたしたちに とっては信仰のよりどころっていうやつだ。よそ者が土足で踏み入って良い場所じゃないんだよ」

そう、サブラストは女傑族の神殿への立ち入り許可を得ようとここに来たのだ。彼は王都でも名の知れた学者であるのだから、もちろんこれは物見遊山などではない。

 いま一度、誠意を込めて彼は娘族長に頭を下げる。

「もちろんそこがあなたたちにとって神聖な場所だということは承知しています。だから何も傷つけないし、汚したりもしない。私はただの研究者として、歴史の証拠であるあの遺跡を調査したいだけなのです」

「調査……それが不遜じゃないのかい。神って言うのは神秘の存在であり、明らかにするものじゃないだろう」

「神の謎を解き、それを偶像と貶めすのは政治屋たちのやることだ。私は学者なので神を傷つけるようなことはしない」

「ともかく、神殿はアスキルの山の頂上にあるんだ。あんたみたいな都会モンの足じゃあそこまで行くのさえ大変だろうよ」

「だいじょうぶだ、こう見えて結構鍛えている」

「嘘つきなよ、そんなウラナリの唐茄子みたいなナリしてんのに?」

「それでも私は、どうしても神殿を見たい」

「ん~」

 娘族長は顎に手を置いて何かを考え込んでいる様子だった。それは実に若い娘らしい、あどけなささえ感じる仕草だ。

 しかしこの娘は賢いのだとサブラストは直感している。言葉は斜で粗暴ではあるが受け答えはしっかりしているし、こちらをにらみつける瞳は油断なく眼光たたえ利発を感じさせる。

 だからこそ、サブラストはこの娘に一つの非礼もあってはいけないと思った。非礼、すなわち調査のあらましを知らせぬなどこの娘の賢さに対する冒涜だと。

「調査の主目的は神話が描かれているという壁画の調査です。古い写しは王立図書館にも置かれているのですが、これは上半分の写ししかなく、壁画の全てを知るにはどうしてもここへ来る必要があったのです」

「壁画か。あたしでよければ写しをかくくらいはできるよ。まあ絵心はないから、できは保証しないけどね」

「だめです」

「ずいぶんキッパリと……」

「あ、いえ、あなたの絵の腕がどうこうという問題ではなく、これは私の信念なのです。学問とは机の上だけでするものではない。見て、触れて、実感として確かめること、この経験こそが学問の探求という行為なのだと」

「信念ねぇ。まあいいか」

 娘族長はゆっくりと立ち上がった。

「わかった、神殿への立ち入りを許可する。ただし、ガイドとしてあたしが同行する」

 彼女の目はサブラストを見据えて一点の曇りもない。

「もしもあんたが少しでもあたしたちの神を汚すようなことがあったら、即、殺す。学問のために命までかけられるのかい、あんたは」

 その言葉にさえひるまず、サブラストは深く頷いたのであった。


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