夜明けから夜まで 第九十八話
わたしは、苦笑した。
「それは、こっちの台詞ね。この世界に、竜族がきているなんて思いもよらなかった」
竜族の精霊は、笑ったようだ。
穏やかな、波動を感じる。
わたしは、竜族にたずねた。
「わたしは、アルケミアのブラッドローズ。あなたの名も、教えてくれるかしら」
(我が名は、フレイニール)
その名に、聞き覚えがある。
わたしは、確認のための質問を発した。
「もしかすると、魔道師ラフレールと契約を結んだことがある?」
フレイニールと名乗った竜族の精霊は、肯定の精神波を送ってくる。
(我はかつてひとの魔道師であるラフレールと契約を、結んでいた)
魔道師ラフレールは、伝説に残る偉大な魔道師であった。
「どうしてあなたのような存在が、こんなところで飛行船に憑依しているの?」
(ラフレールは、地上に生き残った最後の巨人族に戦いを挑み命を落とした)
わたしは、息をのむ。
世界が創造されて間もない始源の時代、その時代に神々は戦争を行ったという。
その神々と肩を並べ戦ったのが、巨人族の戦士とされている。
巨人は、伝説や神話の中の存在であり、もし本当に巨人と戦ったのであればあまりに無謀と思えた。
フレイニールは、わたしのこころに去来した思いを読んだらしく同意のサインを送りつけた上で言葉を重ねる。
(いかに大魔道師と呼ばれようとも、所詮は有限の寿命を持つひとでしかない。ラフレールに勝ち目は無かったが、それでもやつは罠をしかけた)
巨人族に罠をしかける、それはわたしごときでは想像もつかないような途方もない企てに思える。
「一体、何を仕掛けたというのです」
(巨人族を、ウロボロスの輪へ封じ込めたのだ)
ウロボロスの輪というのは世界が生成されるよりも前、異世界より訪れた女神が殺された時に穿たれた穴を覆ったものだと聞く。
「ではフレイニール、あなたもウロボロスの輪に封じ込められたのですか?」
フレイニールは、再び肯定のサインを送ってきた。
(我はラフレールとの契約から解放されたものの、最後の巨人と共に次元の彼方へ幽閉される身となった)
もしそこから抜け出せたのだとしたら、驚くべきことだ。
(巨人族の力は、恐るべきものだよ。我は巨人族と手を結び、その力でウロボロスの封印を突破したのだ)
それはもう、神々自体の力に匹敵するものだと思える。
魔法と呼ぶべき次元を、遥かに凌駕していた。
フレイニールはその驚くべき経験を、淡々と語る。
(そうして幽閉の身から脱出はできたのだが、今度は次元界の迷路へと入り込んでしまった。我は、ウロボロスの輪を抜け出した後、その身を失い精霊となると様々な次元界を変遷してゆく存在になったのだ)
ウロボロスの輪を越えるのは、巨人族でもないかぎり不可能に思える。
そう思うと、フレイニールが今のような状態となったのも無理はない。
(我は、不安定な次元流へ飲み込まれた。様々な次元界で、様々な存在と出会うこととなったのだが、この次元界でキャプテン・ドラゴンと出会い一時的にこの次元界へ留まることが出来たのだ)
「契約を、結んだのですか?」
わたしの問いに、否定のサインを返す。
(契約ではないな。我は、まるでひとのように友情を結んだ)
わたしは、目を丸くする。
この世界は、驚くべきことが実に色々とあるようだ。
フレイニールは、笑いの波動をわたしによこす。
わたしはフレイニールとこころを通わせながら、次第に夢の世界へと入り込んで行くのを感じていた。
わたしは夜の眷族、ヴァンパイアである。
夜を渡り、昼は棺桶で眠る存在だ。
本来なら、活動を停止して人工の闇で微睡んでいる時間である。
わたしは眠りの中へと、落ちていった。




