夜明けから夜まで 第九十二話
百鬼は夕暮れの荒野を吹く風を思わせる声で、言った。
「ニューヨーク・プリズンへ行きたい。日が暮れる前に」
そこはここから950マイルの彼方にあるが、百鬼の調子ではまるで隣街まで行きたいとでも言っているかのようだ。
それを聞いた青い目のおとこは、全く表情を変えずに答えた。
「幸いおれの船は丁度燃料を満タンにしたところで、ガスボンベも全てフルに充填されている。950マイルだって、航行できるが」
ヤンの目が、驚愕に見開かれた。
若者は、少しだけ青い目に哀しみの色を浮かべる。
「残念だが、幾つかの問題があると言わざるおえない」
ヤンは、安堵の溜め息をついた
百鬼は、静かに頷く。
「そうだろうな」
「おれの飛行船は、全速でなら150ノットで空を渡る」
わたしは、驚愕した。
おそらく60ノットもでれば、飛行船としてはかなりの高速である。
その速度であれば、下手な輸送機より速い。
「しかしそいつは、カタログスペックというやつだ」
おとこは口許には甘い笑みを浮かべていたが、瞳は少し曇らせている。
「夕暮れまでにニューヨークなら、積み荷は空で行く必要がある。それと、そんな速度で飛び続ければエンジンは確実にいかれるし船体にも相当ガタがくるだろう。おれは船を失うか、よくてもオーバーホールが必要になる」
百鬼は、薄く笑う。
「要は、金がいるということだな」
青い目の若者は、哀しげに頷いた。
「百鬼さん、あんたには確かに借りがあるが、出来る事と出来ない事がある」
百鬼は、わたしのほうに眼差しを投げた。
「おれは、あんたに話を繋いだだけだ。実際のクライアントは、そこの嬢ちゃんになる」
青い目のおとこは、美しい眼差しをわたしに向けた。
百鬼は、素っ気ない調子で言葉を重ねる。
「金の話は、嬢ちゃんとしてくれ」
おそらく、夜の闇を閉じ込めた漆黒の肌に夜明けの輝きを宿す金色の瞳と髪を持つわたしは、ひとの目から見ると異形なのだろう。
けれど、青い目の若者はそんなことを気にしたふうもなく、ビジネスライクな口調でわたしに語りかける。
「挨拶が遅れてすまないね。おれは、ビリー・サドラー。キャプテン・ドラゴンとひとは呼ぶが」
わたしは臣下の礼を受ける王族の笑みで、答えた。
「キャプテン・ドラゴン。そう呼べばいいか?」
わたしの問いに、そのふざけた通り名のおとこは頷いてみせる。
わたしは、笑みを浮かべるように口を歪めた。
「わたしはブラッドローズ。で、金が必要なのだな。キャプテン」




