夜明けから夜まで 第九十一話
ヤンは、先にたってホテルの暗い階段を上がってゆく。
二階の廊下は洞窟のように薄暗く、埃がたまっており黴の臭いもする。
ヤンは、廊下の奥にある部屋のドアを合鍵らしきもので開けるとノックもなしにいきなり開いた。
ヤンは、驚きの声をあげる。
「起きてたんですか、キャプテン」
わたしと百鬼はヤンに続いてその部屋へと、入り込む。
鉄製のベッドに、簡単なワークデスクとワーキングチェアがあるきりの簡単な部屋だ。
そのおとこは、窓を背にワーキングチェアに座っていたため、逆光で影になっている。
それでも、夏の輝きを宿した金髪が窓からの光を浴び、影の中で空の青さをもった瞳が光りおとこが若いことを感じ取らせた。
わたしは目を細め、苦手な光が目に極力入らないようにしてこころでおとこを感じようとする。
おとこは、百鬼と同じような革のジャケットをつなぎの飛行服の上に羽織っていた。
わたしはおとこのこころを探り、少し苛立ちを感じる。
得体の知れなさは、百鬼と同レベルだと思う。
けれど、扱いにくさは多分百鬼以上ではないだろうか。
このおとこは、どこか箍の外れたところがあった。
もしこのおとこがあの時の、トゥールーズにいたら平然と万の軍勢を皆殺しにしただろう。
このおとこのこころを縛っているものは、何もないようだ。
むしろひと斬りという枠にこだわる百鬼のほうが、すこし可愛いげがあった。
多分、この若者はたんたんと怒りも憎しみもなく殺してゆき、死んでいくのだろう。
ある意味わたしたち夜の眷属と似てはいるが、殺す相手に少なくとも愛を感じるわたしたちよりも邪悪といえるかもしれない。
わたしは、こころの中で驚きを感じる。
千年の時を旅してきたが、一日でふたりもこんな規格外れの家畜に出会うことはかつて無かった。
これこそ、魔道の現れだとわたしは思う。
青い目の若者は、少し眠たげで夢見るような調子で言った。
「朝から騒々しいな、何事だね」
そして、恋人に見せるような甘い笑みを浮かべる。
わたしはこの青い目の若い家畜が、見目麗しいことにようやく気がついた。
「客を連れてきました、キャプテン」
青い目のおとこは少し眉をあげ、溜め息をつく。
「普通なら、こんな朝からやってくる客はことわるもんだが」
おとこは夏の空の青さを宿す目で、わたしと百鬼を交互に見る。
「まあ、百鬼さんの頼みであればむげにはできない。借りも、あるしね」
おとこは顎に手をあてるとぐいと前に乗りだし、わたしたちに美しい顔を晒す。
「取り合えず、話を聞こうか、百鬼さん」




