夜明けから夜まで 第九十話
メルセデスは、ひとが運転するには十分頑丈に作られていると思う。
最高時速190キロに耐えれるだけの強度を、そのボディは持っているはずだ。
けれど、それはあくまでもひとが運転した場合の話でしかない。
夜の眷属たるわたしの操作に、クラッチは悲鳴をあげ、エンジンは金切り声をあげ続け、シャーシは過負荷に軋み続ける。
並のひとであれば、ナビゲーターシートから十度はほうりだされたであろうと思う。
けれど、百鬼は欠伸でもしそうな退屈な顔で、揺さぶられていた。
わたしたちは、ミシシッピ川に面する港にたどりつく。
メルセデスはわたしの酷使に、力尽きていた。
煙をあげ始めたエンジンを停止すると、サイドブレーキを引いて車から降りる。
そこは、大きな倉庫が立ち並んでいた。
その倉庫街の片隅に、古ぼけたホテルが建っている。
多分、港からきた旅人向けのホテルなのだろうが、ひどく寂れており廃屋のようだ。
百鬼は無造作にそのホテルへ向かうと、正面の扉を開いた。
わたしは慌てて百鬼の後を追うと、ホテルの中に入る。
薄暗いホテルのロビーは、その外観と同じくらい草臥れていた。
カウンターには誰も居らず、ロビーに置かれている擦り切れたソファは埃を被っているようにも見える。
片隅には荷物が積み上げられ、半ば物置と化しているようだ。
そのロビィのソファに腰を下ろしていたおとこが、百鬼を見て声をかけてくる。
「やあ、百鬼の旦那じゃあないですか」
東洋人風の顔をしている痩せたそのおとこは、ビール瓶の栓を抜きながら笑みを浮かべた。
「よう、ヤン」
片手に刀を下げたひと斬りの老人は、ロビィの闇を黒い幽霊のように横切ってゆく。
「キャプテン・ドラゴンは、どこだ?」
ヤンと呼ばれたおとこは、笑みを消して少し困惑したような顔になる。
「部屋で寝てると思いますが、仕事の話ですか?」
百鬼は、首を縦に振った。
ヤンは、わたしと百鬼を交互に見る。
金色の瞳に漆黒の肌をして、明らさまに瘴気をふり撒いていたるわたしを見て、まともな仕事ではないと判断したようだ。
「あなたが、依頼主ですか? 百鬼の旦那」
「いや」
老いたおとこは、こちらに眼差しを投げる。
「そこの嬢ちゃんだ」
わたしは、金色の瞳を邪悪に輝かせヤンに微笑みかける。
ヤンは、長いため息をついた。
「断るかね?」
「まさか」
ヤンは、手にしたビール瓶を置くと立ち上がり、少し引き攣った笑みを浮かべる。
「そいつを決めるのは、キャプテンですよ」
「まあ、あいつは」
百鬼は薄く、幽鬼の笑みを浮かべた。
「まともじゃあないからな」
ヤンはお手上げというように、両手をあげるとロビーの奥へと向かった。
「あなた方も、一緒に来てください。キャプテンを紹介しますよ、えっと」
「ブラッドローズ」
わたしの無愛想な返事を気にした風もなく、ヤンは笑みを返した。
「ブラッドローズさん。急いでるようですからね、はやいこと話を決めましょう」




