夜から夜明けまで 第九話
ロックフィストはそれを聞き、嘲笑するように口元を歪めたが、シックスフィンガーは何も言わず哀しげな笑みを浮かべている。
ミハイルは、呪い師を過去に幾度か見たことがあった。
大きな街で祝祭のある日には、いくつもの見世物小屋がたつ。
その中には呪い師の小屋もあり、占いをしたり幻術の見世物をして金をとる。
しかし、王国で最も大きなオーラ領では呪術は忌み嫌われているため、呪い師が小屋をたてることはまずない。
そんなオーラですら、ミハイルが一時所属していた軍には軍属呪術師がいた。
戦時に彼らと一緒に行動したことがあるが、いったい彼らが何をしていたのかよく理解していない。
それでもミハイルに判ったことが、いくつかある。
呪いにも、規則がありそれに縛られているということだ。
呪い師は奇怪な技を使うように見えるが実のところ規則さえ理解してしまえば、そう恐れる必要があるものではない。
ミハイルは、過去の経験よりそう学んでいた。
だからこの奇怪なおとこたちも、さほど恐れる必要はないはずだ。
ミハイルのそのこころの中での呟きを見透かしたかのように、シックスフィンガーはそっと笑った。
「呪い師と呼んでいただいても、一向に構いませんが」
シックスフィンガーは、学者めいた穏やかで優しい口調で言葉を続ける。
「魔道師、と呼ばれておりましたよ。アルケミアにいたときには」
その言葉には、どこか警告めいたものが含まれているような気もする。
しかし、ミハイルは結局のところそれが戯言にしか思えない。
アルケミアは、遥か西方の果てにあるという魔族の国である。
神話かお伽噺の中にしか出てこないような、ミハイルにとっては非現実的な国であった。
鉄と火薬、流される血で造られる現実の中で生きてきたミハイルにしてみれば、気にするほどのものでもない。
ミハイルは、隣に立つアレクセイに声をかける。
「あのふたりを斬れ」
アレクセイは、漸くかという目でミハイルを見たが、ミハイルはそれを無視して言葉を続ける。
「要は、あのおとこの石の拳に触れなければいいわけだ、どうということはない」
アレクセイは、余計なことをというなと苛立ちの色を少しだけ瞳に浮かべたが、すぐにそれは消える。
鋼の冷たさを瞳に浮かべ、アレクセイは剣を抜く。
少し反りのある、片刃の剣である。
東方のキタイに住むある部族が伝える、独特の鍛金術によって造られた剣であった。
王国の剣より薄くて軽いが、その鋭さと強靭さは王国のものよりも上である。
ただし、使い手は選ぶ。
アレクセイは、その独特の剣を腕の延長であるがごとく、自然な体で構えてみせた。
その全身から発せられるのは、怒りや憎しみではなくもっと静かで凄烈な殺意だけである。
アレクセイは、自身がひとふりの剣と化したかのように見えた。
ミハイルは、獰猛な猟犬を鎖から解き放った気持ちになる。
ミハイルは、つくづくこのおとこが敵でなくてよかったと思う。
アレクセイは生き物を殺し尽くすまで止まない、凍てついた真冬の風である。