夜明けから夜まで 第八十四話
薄汚れた窓から微かに中の明かりが、漏れ出ている。
わたしは身を翻し、ナビゲータシートから飛び出すと荒れた道路へと降り立つ。
エンジンを切ったメルセデスから続いて降りようとしたチャンドラを、手で押し止める。
チャンドラは、呆れ顔でわたしを見て言った。
「まさかひとりで行くつもりじゃあ、無いでしょうね」
わたしは氷の眼差しで、チャンドラを見る。
「あなたはここでエンジンをかけたまま、待っていてちょうだい」
チャンドラが何かを言おうとするのを、わたしは目で止める。
「言ったでしょう。時間が無いの」
チャンドラは口をひらき、そしてあきらめの色を目に浮かべ口を閉じた。
長いため息を一度つく。
「殺さんでくださいね、ここは国境のすぐ手前だ。戦時下体制が、継続している」
チャンドラは、強い口調で念をおす。
「騒ぎがおこれば、すぐに陸軍がとんで来ますよ」
わたしは、薄く笑った。
「判っている」
わたしは冬の冷気を孕んだ声で、言葉を重ねる。
「今は、昼間だ。わたしには、慈悲深い死を家畜にくれてやる余裕がない」
チャンドラはメルセデスのエンジンをかけると、もう一度長いため息をつく。
「あなたがここは13世紀のトゥールーズでないことを思い出してくれるのを、切に祈ってます」
13世紀、南フランス、アルビジョア・クルセイダーズ。
わたしは殺戮と暴虐の日々に思いを馳せ一瞬だけ笑みを浮かべ、踵を返す。
わたしは背を向けたまま、チャンドラに手を振ると崩れかけた酒場へと向かう。
一瞬風がおこり、砂ぼこりが舞い上がりわたしのマントがはためく。
その風に呼び覚まされるように、わたしの中に殺戮への欲望が生まれる。
その官能的な高まりを苦労して圧し殺したが、残忍な笑みが口許に浮かぶのは防げなかった。
わたしは紅い唇に笑みを浮かべたまま、酒場の扉を開く。
そこは、薄暗い穴蔵のような場所だった。
案外、客が多く十人近くはいるだろうか。
家畜たちは、昼間は働いているものだったはずと思いよく見てみる。
客のおとこたちは軍服を着ているようだが、軍人には見えない。
ほとんどものが、手や足など身体の一部を失っているようだ。
なるほど、と思う。
戦場で負傷し除隊したおとこたちが、働かず昼間から酒をあおっているということのようだ。
この世界の家畜どもは、とても不思議だ。
王国では家畜どうしが殺し合うことは珍しいが、この世界では狂ったように互いに殺しあう。
わたしは余計なことを考えるのはやめ、ここにいるはずの得体のしれぬ存在を探す。
わたしは、酒場の片隅に闇が淀んでいることに気がついた。
ぞっとするような感覚が、わたしの全身を襲う。
それはひとのそれではなく、獣のものでもなく、ましてや夜の眷属のが放つ気配とも全く違っていた。
確信が燃え盛る太陽となって、わたしのこころを焦がす。
それは、確かに魔法式を得るときの感覚にとてもよく似ている。
その得体のしれぬものこそ、助け手に違いない。
わたしは、そう信じた。




