夜から夜明けまで 第八話
気に入らない、ミハイルはそう思う。
ロックフィストと名乗るおとこは、まだいい。
驢馬の皮をかぶっていたのかもしれないが、結局は自分達と同類であっただけだ。
しかし、シックスフィンガーは違う。
今や本性を剥き出しにしたはずなのだが、それにも関わらず戦う意思を見せない。
その顔は、ひどく哀しげである。
道を歩いていたひとがふと立ち止まったとき、自分の足元に死にかけた虫がいたと気がついた。
そんな表情で、ミハイルたちを見ている。
彼らは二人、殺したのだ。
どちらかが皆殺しにされねば終わらない類いの、戦いがはじまっている。
なのにやつはおれたちを、憐れんでいた。
それは、ミハイルにとって許せないことである。
立ち上がったミハイルは悪鬼の表情となり、腰から抜いた短剣をシックスフィンガーたちに向けて降り下ろしながら叫んだ。
「撃て!」
空気が一瞬硬質の気配をまとい、銃声がそれを打ち砕いて轟く。
四丁の雷菅銃が、火を吹いた。
銃煙が白い羽根となり、部屋へ撒き散らされる。
ロックフィストの左手は、霞に包まれた。
ミハイルはその腕が、肉眼では補足できないほどの高速で動いたのだと理解する。
白い銃煙が少し渦を巻きながらたなびくその部屋で、今度は四人のおとこが倒れた。
深紅の血が、床を陽が沈む空の色へと染めて行く。
四丁の雷菅銃が放った銃弾は、ロックフィストの岩でできた拳によって弾き返されたのだ。
結果的に銃を撃った四人の兵は自分達の放った銃弾に殺され、ミハイルたちの人数は半減している。
ロックフィストは嘲るような笑みを浮かべて、言った。
「ひとつ、教えておいてやろう」
地の底から響くような低い声で、ロックフィストは言葉を重ねる。
「おれの拳には、石化の呪いがかけられている。この呪いはいずれおれの全身を石に変え、おれを殺すだろう。しかし同時にこの呪いは、拳を砕こうとするものにも死の災阨をふりまく」
ロックフィストは、虚無的ではあるがどこか楽しげな笑みを浮かべる。
「おれの苦しみを少しでも長引かせるために、呪いはそうすることになっている。おれを撃つ時には、おれの拳に弾をあてぬよう気をつけることだ。さもなくば、災いがくるぞ」
ミハイルはの瞳が、鋼の輝きを帯びる。
既に怒りはなく、戦場に立ったときの高揚と残忍さを取り戻していた。
ロックフィストはおれたちをなめている、そうは思うが言ったことは本当の事らしいとも思う。
つまり、種は明かされたのだから、あとはやるべきことをやるだけとなった。
ミハイルは、そう確信する。
ミハイルは、爬虫類めいた冷酷な瞳を輝かしつつ、二人のおとこに声をかけた。
「あんたたちは、呪い師というわけだな」