夜明けから夜まで 第七十八話
師匠は立ち上がると、傍らにある机の上に手を伸ばす。
本が何重にも積み重ねられたその机から、プラスチックケースに入った情報ディスクを取り上げた。
それを無造作に、わたしへ手渡す。
「これは」
わたしは恐る恐るそのディスクを、手にした。
師匠は、変わらぬ表情のまま説明をする。
「これは、数日前にここへ送られてきたものだ。その時は、いったいなんであるかおれ自身にも理解できなかったのだが」
師匠は夜の闇よりも暗いひとみでわたしを見つめ、言葉を続ける。
「今、おまえの話を聞いて理解した。これは、おまえの行き先を示すものだ」
その何の疑問も混ざっている様子がない、確信に満ちた言葉を聞いてわたしの手の中でディスクの重みが増したように思う。
わたしは、安心と不安が同時にこころへ沸き上がるのを感じる。
わたしは縋るような目で、師匠を見ていたと思う。
「師匠」
「前から思っていたんだが」
師匠は、わたしの言葉を遮るようにして言った。
「アルケミアの魔道師が、白い肌のひとを師と呼ぶべきではない。おれのことは、ブラックソウルと呼べ」
その言葉は、わたしの胸の奥深くに突き刺さった気がする。
それでもわたしは、その老いたおとこの言葉に従った。
「ブラックソウル」
「なんだ」
わたしは、ブラックソウルを真っ直ぐ見つめて言った。
「あなたがわたしと共に、王国に来てもらうことは出来ないのですか?」
ブラックソウルは一瞬だけ、戸惑ったような色を瞳に浮かべた気がする。
それはただの気のせいかも、しれない。
ブラックソウルはほんの少しだけ間をおいて、変わらぬ口調で言った。
「それは無理だ」
わたしは、一瞬吸い込む空気を失ったような気持ちになる。
そして、ブラックソウルを見た。
深く刻み込まれた皺、奈落を覗き込むような黒い瞳、その顔はいつものとおり、いやいつも以上に老いて感じられる。
老いたおとこは、掠れた低い声で言った。
「おれは、王国へ帰ることはできない」
「なぜですか?」
わたしは、喘ぐように息をして問うた。
ブラックソウルは、何も感じていないかのような無表情で答える。
「おれは王国では、既に失われた存在だからだ」
わたしは問いかけるようにブラックソウルを見つめたが、彼はこれ以上わたしに答えを返すつもりはなさそうだ。
突然、老人は剣を抜いたかのような緊張感を放ち、叫んだ。
「アルケミアの魔道師、ブラッドローズ!」
わたしは、その声に反応してぴくりと身体を震わせる。
ブラックソウルは、少しだけ微笑んだように見えた。
そしていつもの口調に戻して、言った。
「ゆけ、おまえの為すべきことを為せ。ここにはおまえの運命は無い。おまえのいるべき場所へゆくのだ」
そう言い終えると、全てに興味を失ったように老人は瞳を閉ざした。
部屋の空気が海の底の水となり、時間が止まった気がする。
わたしは立ち上がり、深く一礼をすると部屋を出た。




