夜明けから夜まで 第七十三話
アナスタシアは、鋭い眼差しでわたしを見つめる。
いつもの物憂げさが消えており、夢の中に出てきたアナスタシアを思わせる緊張感を身に纏っていた。
そして、落ち着いた口調で語り始める。
「いくつかの推論をすることができるけれど、どれも決めてを欠くわね。つまり」
アナスタシアは、不服そうに結論を言った。
「あなたには、奇妙なことが起こっている。これは、医者に報告すべきではない類のことだわ」
わたしは、頷いたが満足はしていない。
アナスタシアはわたしに起こっていることを多少理解してくれたようではあるが、何のアドバイスもしてくれてはいない。
アナスタシアはそんなわたしのこころを見透かしたように、皮肉な笑みを浮かべる。
「わたしに言えることは、これはあなたが自分で解決しなければならないこと、そして誰もあなたを手伝え無いだろうということね」
わたしは、なんの解決策も提示しないその答えにうんざりした。
けれど、まあ真っ当な答えでもある。
これはわたし以外のひとには、どうしようも無い問題であるのは薄々判ってはいた。
そういう意味では、改めて自分の状況を再確認できたという訳だ。
アナスタシアは、ふっと笑う。
「ローズ、あなたはこんな話を聞きにきたんじゃないでしょうから、ひとつだけアドバイスしておくわ」
わたしは、期待を持たないまま、アナスタシアに目で問いかける。
「あなたの夢をもう一度、よく思い出してみることね。あなたの道は必ずその夢の中に、示されているはずだから」
これもまた真っ当な答えだと思ったが、具体的なアドバイスではない。
しかし、これで充分だとわたしは思う。
「ありがとう、アナスタシア」
アナスタシアは会釈すると、わたしへの興味を失ったようにまた物憂げな表情に戻る。
わたしは立ち上がり、自分の世界へと入り込んでいくアナスタシアの側から離れる。
窓の外では、摩天楼が朝日を受け水晶の輝きを見せ始めていた。
あの街の名前を、知っている。
そこを新宿と、ここに住むひとびとは呼んでいた。
わたしは、窓の外を眺めながらぼんやりと記憶に沈んでいく。
わたしはわたしの養父と共に、あの街で過ごしていた。
養父の名は、別宮という名である。
夢の中にでてきた魔道師と同じように、六本の指を持っていた。
彼は、わたしを殺そうとし、そして自らも死ぬことを選んだ。
自分を殺すことには成功したが、わたしを殺すことには失敗した。
わたしは、死にかけて暫く錯乱状態にあったらしく、気がつくとこの病院の閉鎖病棟にある特別室にいた。
そのころからすると、わたしは正気を取り戻したつもりではあるが、未だ退院はゆるされない。
まあ確かに、正気では無いのだろう。
夢に見たことから、世界を救う使命を帯びていると確信するのだから。
わたしは、またあの街、新宿に戻ることはできるのだろうか。
新宿、夢の中ではこう呼ばれていたはずだ。
デルファイと。
ふと、その言葉に何かがひっかかる。
誰かから、その言葉を聞いた覚えがあった。
わたしは、思い出そうとする。
その時、窓の外から声をかけられた。
「悩み事かね、ローズ。相談に乗るね」
夜の闇を切り取った黒い羽を纏う鴉が、窓の外からわたしを見ている。
漆黒の宝石の輝きを持つ瞳で、わたしを見つめるその鴉の名を知っていた。
彼は、フェイフゥーという。




