夜から夜明けまで 第七話
ミシェル・デリダ。
あまりに放蕩無頼が過ぎたため、オーラを追放されたおとこである。
オーラは、王国の中心である首都クリスタルパレスをその内にもち、オーラ領を統べるものは事実上王国を統べるものとも言われた。
であるがゆえに、オーラ内での権力闘争は厳しく、放蕩無頼なおとこが占めることのできるような地位はない。
しかし、ミシェル・デリダは奔放に生きていながら、抹殺されずこの地方に総督の座を与えられてはいた。
簡単に処刑することができぬほどの武功を戦場でたてた、英雄であるということだ。
また処刑されれば色々取り沙汰されるほどに、民草の間で人気があるおとこでもあった。
フランソワ・デリダといえども、このキエフから総督を引き摺り出すのはやっかいなことになる。
総督は、このキエフでも酒とおんなに溺れる日々であった。
今ごろは浴びるほど酒をくらい、おんなの腕の中で夢をみていることだろう。
しかし、そんな総督でもデリダの名だけは、しっかりと役に立つ。
おそらく、一年の間遊び呆けていても困らないだけの荷を、今夜手にいれたはず。
ミハイルは、そう確信していた。
高らかな笑いは止め、仕留めに入った獣の目で、シックスフィンガーを見る。
ただその口許から楽しげな笑みが、消えることはなかった。
そして、優しいといってもいいような口調で、ミハイルは語りかける。
「おまえたちに、いいことを教えてやろう」
シックスフィンガーは、顔色を変えぬままミハイルを見つめている。
ミハイルは、幾度か頷きながら言葉を続けた。
「おまえたちは、誰も死ぬ必要はない。黙って荷を置いて行くのならばな」
そのときはじめて、シックスフィンガーは深いため息をついた。
失敗した息子を見る哀しげな瞳で、ミハイルを見る。
そしてすこし間を置いて、こう言った。
「残念でございます。とても、残念でございます」
「なあに、命さえあればまた稼げるさな」
シックスフィンガーは哀しげな瞳をしたまま、ゆっくりと首を振る。
「とても残念でございますが、わたくしどもは殺さずに済ますことはできなくなりました」
呆然とミハイルが目を見開いたその瞬間に、ロックフィストが颶風となり跳躍した。
その大きな身体はさっきまでの鈍重な動きを完全に忘れ去り、肉食獸の滑らかな動きを見せている。
兵のひとりが咄嗟に反応し、銃声が轟く。
不具と見えたロックフィストの左手が稲妻の動きを見せ、驚くべきことに銃弾をはじき飛ばした。
白い包帯が着弾のせいで切り裂かれ、舞散る羽となって薄闇の中でゆうるりと踊る。
疾風となったロックフィストの左拳は、兵の顔面を粉砕した。
深紅の血が、薔薇の花びらとなり闇の中で狂い咲く。
別のおとこは、信じられぬものを見る目で、自分の胸を見ていた。
そこにも、真っ赤な血の薔薇が、咲き誇っている。
ロックフィストの弾き飛ばした銃弾が、その兵の胸を貫いたのだ。
こうして二人の兵が、死体となり床に崩れ落ちる。
獲物を喰らった獣の笑みを浮かべたロックフィストは、しなやかな動きでシックスフィンガーの傍らへと戻った。
もう彼は何も隠しておらず、その狂暴な殺気も熟練した殺し屋の身のこなしも剥き出しとなっている。
何より一番ミハイルが目を引き付けられたのは、その左の拳であった。
名のとおり、岩でできた拳である。
ひとりの兵を殺した血で、赤い斑模様がついていた。
その岩でできた拳はどこかとても、禍禍しい。
例えてみるなら戦が終わってまもない戦場で揺らめく鬼火がまとう瘴気、それと同じ不吉さがその凶悪な拳から感じられる。