夜から夜明けまで 第六十八話
アナスタシアは、どこか悲痛な色を含ませた瞳でミハイルとデリダを見る。
「おそらく今のやりとりは、あなたがたを不安にしてしまったでしょうね」
その言葉を聞いたミハイルとデリダは、驚いた顔をして互いを見つめ合う。
そして、ふたりは堪えきれぬというように笑いはじめた。
「おい、今のは冗談で言ったんだよな」
デリダは、笑いながらアナスタシアに語りかける。
アナスタシアは、生真面目な顔で首を振った。
デリダは笑いを止めると、真顔でアナスタシアに言う。
「おれたちは、はじめからあんたらに期待をしていない。だからあんたらが助け手をつれてくるなんて、本当のところどうでもいい」
アナスタシアは、不満そうな顔で何かを言おうとするのをミハイルが手で止める。
「いや、おれは期待している。それに、信じてもいるぜ。まあ、どんなやつでもいいがデルファイからひとを連れてきてくれるってな」
ミハイルは、とても静かな笑みを浮かべた。
「まあ、その結果おれたちは死ぬかもしれない。ただ重要なのは、おれたちの死が奪われるのが阻止されるということだ」
アナスタシアは、言葉を失ったように沈黙している。
ミハイルは、気にすることはなく言葉を重ねていく。
「戦って死ぬことは、決して忌むべきことではない。少なくとも、おれたちが自分の意思で戦い死ぬ限りにおいては。おれたちは国を奪われた。おれたちブルガリーア・エグザイルは何も持たぬ流浪の民となったが、それでもおれたちから奪い得ぬものがひとつある」
ミハイルは、少し憑かれたような目をして語る。
アナスタシアは、それを黙って聞いていた。
「決して奪われぬもの、それがおれたちの死だ。死こそがおれたちに残された、決して消え去らぬ王国だ。おれたちが死ぬと決めたとき、何びとであろうともそれを妨げることはできない。だから」
ミハイルは、眉間に皺をよせた。
「魔法でおれたちの死を愚弄されるのは、我慢がならない。魔法が阻止され、おれたちの死体が焼かれればそれでいい。たとえ世界が滅び去ろうともな。まあ、これは気分の問題であろうから、どちらでもいいといえばそうなんだが」
アナスタシアは、ミハイルを真っ直ぐ見つめて言った。
「魔法であなたたちから死を奪うことは、できはしません」
ミハイルは、肩を竦める。
「まあ、そうだろうよ。ただあの動く死体は、だめだ。あれはまるで生きさせられているようじゃあないか。死を禁じられ、生きることを強要されるものはもう、戦士ではなくおとこでもない。そんなのはな、まあ、そこの嬢ちゃんの台詞じゃあないが家畜だ」
ミハイルは、嫌悪で口を歪めてみせる。
「おれたちが家畜ではなく、狩る側であり殺す側であるのは、自分の意思で死ねること以外に理由がない。おれたちの死体だって、それはおれたちのものだ。それを家畜のように扱われるのは我慢ならない。それは気分の問題と言うより、美意識の問題なんだろうな」
そこまで言い終えると、ミハイルはしゃべりすぎたといういうように口を閉ざす。
アナスタシアは、鋭い眼差しでミハイルを見つめながら言った。
「あなたたちの死が奪われるようなことは、決しておこしません。わたしの魔道師としての誇りにかけて、誓います」
デリダとミハイルは、もう一度互いを見つめ合った。
そして、今度は穏やかな笑みを見せる。
デリダが、静かに言った。
「まあ、あんたの誓いは信じることにしよう。待ってみるさ、その助け手というやつをな」




