夜から夜明けまで 第六十七話
アナスタシアは、冷徹な瞳をして頷く。
そして、懐から一枚のカードを取り出した。
手のひらに納めるには少し大きなそのカードを、ブラッドローズは受けとる。
「そこには、デルファイのある場所が記されている。それをこころに刻みなさい、ブラッドローズ。そうすれば、あなたの夢があなたをデルファイへ導く」
アナスタシアの言葉に頷いたブラッドローズは、手にしたカードをじっと見つめる。
そこには、塔が描かれていた。
水晶のように透明な輝きに包まれる、七つの塔が描かれている。
ブラッドローズは、それが話に聞くオーラのクリスタルパレスに聳える塔ではないかと思えた。
彼女はその水晶が放つ輝きを宿すという七つの塔を、見たことはない。
けれど、噂に聞くその塔の姿にそっくりでもある。
ブラッドローズはデルファイの伝説を、少し思い出す。
そこは、彼女たちの住むこの世界と似たところがある世界だという。
しかしそれは、発狂する前の魔道がない世界だとも言われた。
黄金の林檎が持つ魔法の力で輝く水晶の塔とはきっと違うやり方で輝く塔が、デルファイにはあるに違いない。
そう思った瞬間、ある情景がこころの中に浮かび上がってくる。
それは、記憶の底から浮かび上がったきたかのようだ。
燃え盛る地獄の業火が放つ赤い輝きを纏った夕日が、七つの塔を照らしている。
水晶の透明な輝きを宿す七つの塔は、血の深紅に染まることはなく白銀に光っていた。
それはひとの思いとは切り離されたところにあるものだけが持つであろう荘厳さを纏っている。
そこに王の場所があったにせよ空に違いなく、神がいるにせよそれはただの死体であるはずであった。
そのような、場所だ。
希望を持ち得ぬぶんだけ、絶望の量も少ない。
そこに住まうものは誰も生きてはおらず、死んでもいないアーカイブの世界デルファイ。
その世界が焼け落ちる時に放つ深紅に染まった空を、彼女は眺めていた。
それは、確かな記憶であるとともに道しるべでもある。
ブラッドローズは、確信する。
デルファイへの道は、今彼女の中に刻み込まれた。
彼女は今まで自分が夢で、どんな世界へとゆくのかを制御できたことはない。
しかし、今は自分が夢に導かれてゆく先を確信することができた。
彼女は、生も死もとどかぬ概念の街へとゆくのだ。
ブラッドローズは、満月の放つ金色を宿した瞳でアナスタシアを真っ直ぐ見る。
ようやくブラッドローズは、魔道師の顔になっていた。
「時は来た、アナスタシア。わたしは行く」
アナスタシアは、頷いた。
「夜がくる前に、帰り道を見つけてここへ戻りなさい」
ブラッドローズは問いかける瞳で、アナスタシアを見る。
アナスタシアは、その問いに答えて言った。
「あなたがデルファイですごしたのと、同じだけの時間がここでも経過する。ブラッドローズ、あなたが夜までに戻れなければ全ては無意味になる」
ブラッドローズは、ゆっくり頷いた。
既にこの世界からこころを離脱させつつあるブラッドローズに向かって、アナスタシアは叫ぶように言う。
「土曜日の本を探しなさい、そこに帰り道がある」
ブラッドローズは、曖昧に頷く。
もうその意識は、半ば夢に飲み込まれている。
ブラッドローズは、夢に向かって自分のこころを解放した。
暗闇が、落ちてくる。
まるで撃ち殺されたように光が消え、ブラッドローズの意識は漆黒の闇へ飲み込まれていった。
糸が切れたように身体から力を失い、その場に崩れ落ちようとするブラッドローズの身体を後ろからシルバームーンが抱き止める。
花束を捧げるように、そっとその身体を床に横たえた。




