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星よりきたりしもの  作者: ヒルナギ


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夜から夜明けまで 第六十五話

ミハイルは、アナスタシアを睨み付ける。

「能書きはもういい。その概念として存在してる街からリアルなひとをよべるものならさっさとよべよ」

アナスタシアはその眼差しを平然と受け流して、話を続ける。「デルファイに行くのは比較的簡単かもしれません。その街は夢から入ってゆけます。正確な手続きさえ踏めば、誰でも夢からその街へ入れます。問題は、どうやって帰ってくるのかと、どうやってその世界のひとをこちらへ連れてくるのかです」

デリダは、鼻で笑う。

「帰ってこれなければ、どうなるんだ。夢から目覚めない、ってことか?」

「死にます」

アナスタシアの言葉はそっけなく、一同は少し蒼ざめた。

「正確には、デルファイに行けばこの世界での肉体は仮死状態になるのです。帰ってこれなければ、蘇生しないということです」

ミハイルは、喉の奥でくくっと笑う。

「帰るには、死から甦るってか?まあ、あんたら呪い師は得意なんだろ、そういうの。で、むこうからひとを連れてくるのは、どうなんだ。死体に乗り移って甦るんじゃあないだろうな」

アナスタシアは、ブラッドローズへ眼差しを向ける。

「ブラッドローズ、本を出しなさい」

ブラッドローズは、落雷を受けたように全身を硬直させる。

そしてぎこちなく、ゆっくりと背中に背負っていた袋からパルジファルの書を取り出した。

「その本は、色々な世界に繋がることができます。デルファイの中にも、同じような本があります。助け手は本を通じて、この世界へとやってくるのです」

そこにいるひとびとは、全員ブラッドローズを見た。

彼女はいつの間にか、この物語の中心に来ている。

まるで、罠をかけるようにそれは注意深く、正確に仕掛けられていた。

予想外にもアナスタシアは、優しい口調でブラッドローズに話しかける。

「ブラッドローズ。ここまで話せば、あなたがこれから何をすればいいのか説明する必要はないでしょう」

ブラッドローズは、口を開こうとして閉じ、また開こうとして閉じた。

喉が麻痺してしまったように、言葉が出てこない。

そしてようやく搾り出した声は、ひどくしわがれていた。

「ど、ど、どうして」

ブラッドローズは涙が溢れそうになりながらも、辛うじて堪えている。

「どうして、わたしに何も、教えてくれなかったのよ」

「あら、当たり前のことを聞くのね」

アナスタシアは、母親のような笑みをみせる。

「あ、あ、当たり前?」

「ええ、だって全てをあなたに伝えれば、すぐ逃げ出すでしょう」

逃げ出す、そう、その手があったかと一瞬ブラッドローズは思う。

しかし、直ぐに考えなおした。

逃げ出すということは、あのシックスフィンガーの記憶にあったひとの世の終わりを迎えるということだ。

冗談じゃあ、ない。

あんな恐ろしいことは、ごめんだった。

なぜあんな記憶を、あのタイミングで見せられたのか。

もっとはやければ、たんなる恐ろしい夢で忘れられたかもしれない。

けれど、もうだめだ。

今のブラッドローズにとって、あれは本当におこったこととしか思えない。

「判ったわよ、このわたしがデルファイに行って、助け手を連れてくればいいんでしょう」

ブラッドローズは自分では勇ましく言ったつもりであったが、実際にでた声は震えてか細く消え入りそうである。

そこにいるひとびとが、思わず目をそらしてしまうほどブラッドローズの顔は蒼ざめていた。

「ブラッドローズ」

アナスタシアは、いつものような鋭い口調に戻る。

「まさかアルケミアの魔道師が、魔法を為し失敗して死ぬのを恐れているのではないでしょうね」

ブラッドローズの顔が、一瞬血の気を戻しまた蒼ざめる。

しかし、その眼差しには力が宿っていた。

「ば、ば、馬鹿なこと言わないで」

ブラッドローズが、シックスフィンガーにアルケミアから連れだされたのはわずか六歳のときである。

けれど、アルケミアの記憶は鮮明に残っていた、

その世界は全てが完璧に美しく、正しい。

中原の王国は、彼女にとって狂って腐敗した醜い世界であった。

ブラッドローズにとって、アルケミアの魔道師としての矜持を捨てるというのはその狂った世界に突き落とされるということだ。

もっと言えば、家畜と同列の存在に堕するということである。

狩りたて喰らう側から、狩られ殺される側に落ちるということだ。

彼女は、思う。

死ぬにせよ、殺されるにせよ、それは戦った末のことだ。

切り裂き、噛み砕き、殺した後でなら死んでもいいが、それ以外を許す気はない。

なにより、彼女の血がそれを許さなかった。

幾千年もかけた虐殺の蓄積を溶け込まされた、彼女の血が。

世界を焼き尽くすまで戦えと、ブラッドローズに囁き続ける。

ブラッドローズの金色の瞳に、光が灯った。

暁の明星が持つ光を、その眼差しは放っている。

アナスタシアはそれを認めると、満足げに頷いた。


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