夜から夜明けまで 第六十四話
ブラッドローズは、幻覚より抜け出る。
彼女は、元の広間でアナスタシアの話を聞いていた。
幻覚を見ていたのは、ほんの一瞬に過ぎない。
そこにいるものは誰もそのことに、気がついてはいないようだ。
ブラッドローズはあらためて、回りを見渡す。
デリダもミハイルも、沈黙していた。
アナスタシアの目の中にある、昏い光に気おされたためかもしれない。
「空気を結晶化させる魔法式を少しづつ解析し、それがどこからやってくるのかを探し求め無限にも近い長い時を経た後、シックスフィンガーはこのキエフの砦を見いだしました。そして、どうすれば終末を避けられるかの答えにもたどりついたのです」
「それがお前の言うところの、助け手なのだな」
デリダの問いに、アナスタシアは頷く。
「そうです」
「そいつをこれから、呼ぶのか?」
デリダは強い眼差しでアナスタシアを見つめて言ったが、アナスタシアは首を振る。
「まず、助け手のことをもう少し説明しておきましょう。SSEがわたしたちに干渉してくるのは、魔法の力を通じてのみです。おそらく、SSEがわたしたちに影響を及ぼす方法は魔法を使うことのみであると、想定できます。裏返して言えば、魔法を封じればSSEは無力なのです」
「ほう」
デリダは、もの思いに耽る表情になって言った。
「建国の始祖エリウス王が中原からアルケミアの軍勢を駆逐できたのは、魔法を無効化することができたからだと聞く。王家のものにその力は受け継がれていると、聞いているが」
ミハイルが、失笑した。
「おいおい、まさか王がここへおれたちを助けにくるって言うのか?デリダ家すらあてにできないってのに」
アナスタシアは、静かに頷く。
「王家やヌース教団が魔族、あるいはアルケミア以外の存在に対して行動をとる可能性は、皆無に等しいです」
最もな話だとブラッドローズは、思う。
アルケミアの魔道師であるシックスフィンガーは王家にとって、宿敵とでも言うべき存在だ。
シックスフィンガーが何を言おうと、王家が耳を貸すはずはない。
そして王家を支える神聖ヌース教団にいたっては、間違い無くシックスフィンガーを抹殺しようとするだろう。
アナスタシアは、デリダを見つめる。
「総督閣下、あなたはデルファイという街のことをご存じですか?」
デリダは、不快そうな顔で頷く。
「まあ、知ってはいる」
アナスタシアは、デリダの表情は無視して言葉を続ける。
「かつてサドラー大将軍がデルファイからよび出され、甦った魔族の狂王ガルンからオーラを救ったと言い伝えられています。それは、大将軍が魔法を無効化できたからだと伝説は言っています」
デリダは、明らさまに不機嫌そうな顔になる。
ミハイルは、皮肉な笑みを浮かべ口をひらく。
「なんだよ、言いたいことがあれば言えよ」
デリダは、少し躊躇った後に言った。
「サドラーの伝説は、オーラでは子供でも知っているがあれは子供向けに脚色されたものだ。なにしろサドラーは魔族の女王を妻としアルケミアの王宮まで旅をした果てに、失われた黄金の林檎を取り戻したというのだから。いくらなんでも、荒唐無稽すぎる」
ブラッドローズは、サドラーのことはよく知らないがひとを夫として迎えた魔族の女王ヴェリンダのことは知っている。
ブラッドローズは、それは単なるでたらめな伝説にすぎないと思っていた。
アナスタシアは、デリダを見つめる。
「では、総督閣下はデルファイの存在を否定しますか?」
デリダは、首を振った。
「まあ、あるんだろうけどな。しかし、その入り口はアルケミアの王宮の地下にあるという。そんなところから、どうやって助け手をよべるっていうんだ」
ブラッドローズは、アナスタシアの瞳が異様な光を放っているような気がする。
「デルファイへの入り口は、ひとつではありません。もっと言えばデルファイは物理的な街ではなく、概念的な存在です。あれはアーカイブ、つまり遠い過去の記憶です。世界が狂い出す前の記憶を保存したもの」
ミハイルが、鼻で笑う。
「概念の街から、ひとをよび出せるのかよ」
アナスタシアは、ブラッドローズへ少し目線を投げる。
「ブラッドローズは、本の中から魔道でクリーチャーをよび出せます。原理的には同じ。ただ、デルファイからよび出せるひとは、ひとりだけという制限がありますが」
ブラッドローズの背筋を、冷たいものが這う。
いよいよ核心に近づいてきたのを、感じとった。




