夜から夜明けまで 第六十二話
ミハイルは、うんざりした顔を見せる。
「謎解きは、好きじゃあない。さっさと答えを言ってくれ」
アナスタシアは、頷く。
「行われたのは、空気の結晶化です」
ミシェル・デリダもミハイルも、問いかけるような目でアナスタシアを見た。
アナスタシアは、たんたんと話を続ける。
「空気の動きをを凍結し、ひとが息を吸い込もうとしてもできなくした。つまり魔法によって一時的に、空気の流れを止めてしまったのです。多分それは、ごく短い時間、きっと四半刻にも満たない時間であったと思います」
デリダは、唸った。
「まあ確かに、魔法でそれは可能かもしれないが、かなり広範囲の空気を止める必要があるだろう」
アナスタシアは、ゆっくりと首を振った。
「結晶化した空気は、僅かだったと思われます。ほんの小さな結晶化した空気があれば、それは回りの空気の動きも止めてしまうからです。ひとつの街を壊滅させるのに、ほんの一握りの空気の塊があれば十分でした」
デリダは、もう一度唸り声をあげた。
ブラッドローズは、考える。
理論的には、できないことはない。
魔法式を空気にのせ駆動すれば、その動きを制御できる。
いわゆる、風の精霊を使う魔法と呼ばれる類いのものだ。
その応用で、動きを止めることもできるだろうし、それを伝搬させることも可能だと思う。
それは、音の速さで伝わっていくはずだ。
多分彼女にもその魔法式を書くことは可能だと思うが、それは個々の空気の粒子を正確に制御する必要があるため、相当な労力を要する。
しかし、結果得られるものはほとんどない。
呼吸できずに家畜が死んでしまえば、生命力を吸いとることはできなくなる。
理論的には可能であるが、アルケミアの魔道師であればまずそんな魔法式は書かない。
多分デリダも同じことを考え、同じ結論に達したようだとブラッドローズは思う。
アナスタシアは、そのこころを読んだように頷くと話を続ける。
「空気の結晶化は、ひとの命を奪うだけではありませんでした。おそらく空気が結晶化したのは地上にある全ての空気の内、一割にも満たない量だったと思います。けれど、その結晶化が解かれた瞬間に反動がおこり、巨大な嵐が無数に出現して地上を蹂躙したのです」
ブラッドローズは、頷いた。
それは、空気の流れという膨大なパワーを一時的に塞き止めたということになる。
力の総量が変わる訳ではないが、押し止められた力が解放されれば何倍もの力となるだろう。
河を塞き止め、決壊させるのと同じ理屈だ。
「おそらく最初の結晶化を生き延びたひとは、それなりにいたはずです。けれどその後に引き起こされた気候の激変を耐えたひとはいなかったのです。シックスフィンガーは、そのこの世が終わる瞬間を、何度も何度も見たと言ってました」
デリダが、すこし眉間に皺を寄せて問う。
「何度もだと?」
「ええ」
アナスタシアは、少し沈痛な面持ちを浮かべて語る。
「シックスフィンガーは死ぬと同時に、それまで経験した記憶を過去の自分に流し込むことが出来るのです。記憶を流し込むのは、過去の任意の時点になります。ただ、同一の時間線を遡ることはできませんので、別の時間線へと記憶は移されることになります」




