夜から夜明けまで 第六話
シックスフィンガーもまた何も語ることなく、懐から出した羊皮紙をミハイルへ差し出す。
ミハイルはそれを受けとると、興味なさそうに眺めた。
シックスフィンガーは相も変わらぬ調子で、語りかける。
「それをご覧になられて尚、わたくしどもへ疑いを持たれるのであれば、何もいうことはございません。ございませんが」
シックスフィンガーは、はじめて圧力のようなものを少しだけ漂わせた。
「その通行証を発行した殿様が、事の子細を確かめるために兵を派遣されるやも知れません。何しろその通行証を発行された殿様は、わたくしどもへの出資者でもございますので」
ミハイルはそれを聞くと、喉の奥でくつくつと笑いはじめる。
隣のアレクセイが眉をひそめるほどに、楽しげな笑い声であった。
ミハイルは、すっと立ち上がりくわえていた紙巻きを吐き捨てる。
「まあ、正直なことを言えばだ」
ミハイルは、楽しそうに語り出した。
「おまえたちが、共和国の密偵だろうが、商人だろうがどうでもいい」
ミハイルは、吐き捨てた紙巻きをブーツで踏みにじる。
「共和国にだって、商人はいる。そいつらのおかげで、おれたちは紙巻き煙草なんていう贅沢なしろものを吸うことができるってものだ。まあ、それはそれとしてだ」
ミハイルは、羊皮紙を指で弾いた。
「こいつは、よくできている。難癖をつけるとすれば、あまりによくできすぎてることぐらいだが、おれはそんなところをとやかく言うほど、非道ではない」
シックスフィンガーは、深々と礼をしてみせる。
ミハイルはそれを見下ろし、言葉を続けた。
「なにしろ発行者が、フランソワ・デリダ公ときている。つまりあんたらは、オーラ公デリダ閣下の命を受けて商売をしてるってわけだ。オーラの後ろ楯があるってのは、おれたち辺境の守備兵など塵屑にみえるんだろうが」
その言葉にシックスフィンガーは礼をしたまま、何も答えない。
ミハイルは、ようやく相手の底を見たと思っている。
切れる最後のカードを、切ったわけだ。
しかし、こちらはまだ最後のカードを切っていない。
ミハイルは、獲物を弄ぶ獣の笑みを、浮かべている。
そして、羊皮紙をシックスフィンガーへ戻すと、再び腰を下ろした。
「兎に角おまえたちには、こう言っておこう。ご苦労であったとな」
ようやく、深々と頭をさげ続けていたシックスフィンガーが顔をあげる。
その顔には未だ笑みが貼り付いていたが、凍り付いたその表情は仮面にしか見えない。
「どういう意味で、ございましょう」
「おまえたちの仕事は、この砦で終わるということさ」
ミハイルは、歌うように語る。
「おまえたちの野営地へは、先程騎馬兵を二個小隊ほど送り込んでおいた。おまえたちの積み荷を受けとるためにな」
シックスフィンガーの表情に、変化はみえない。
聞き分けのない子供と語る口調で、ゆっくり落ち着いた調子をもって言葉を紡ぐ。
「先程申し上げましたように、わたくしどもが積み荷を持ち帰らねば、殿様はことの次第を確かめるため手を打たれるでしょう。そうすると、こちらの提督閣下様にご迷惑がかかるやもしれません」
ミハイルはさらに言葉を続けようとするシックスフィンガーを、手をあげて止める。
「心配には及ばない、なぜなら」
ミハイルは、とっておきの冗談を言うように、その言葉をはいた。
「おれたちの総督閣下も、デリダなんだ。ミシェル・デリダ伯という名でね」
ミハイルは、堪えきれぬという顔で、高らかに笑いはじめる。