夜から夜明けまで 第五十八話
恐怖は静寂となり、静寂は銀の針となってブラッドローズの耳に突き刺さる。
それは、水晶の奏でる音であった。
陽炎のように空気が揺らぎ、殺意がその揺らぎを纏ってブラッドローズに迫る。
炸裂する小さな虹を内に閉じ込めた不可視の剣が、微かに空気を歪めながらブラッドローズの首筋へと襲いかかった。
旋風が巻き起こり、ブラッドローズの前にシルバームーンが出現する。
口に咥えた音叉が激しい音をたてていた。
撃音が耳から入り、ブラッドローズの脳髄を打つ。
ブラッドローズの首筋へ差し出されたシルバームーンのガントレットが火花を散らし、七色に輝く光を閉じ込めた水晶の剣を一瞬浮かびあがらせる。
アシュバータ鋼の剣が付けられたシルバームーンの右足が跳ね上がり、宙空で火花を散らせた。
土色をした剛剣は、何もない空間に透明のひびを走らせる。
色のない稲妻が、空中を走ったように見えるがひびが走ったのは水晶人形の頭であった。
シルバームーンは、左手の剣も剥き出しにすると身体を一回転させその剣を同じ場所に叩き込む。
灰色の竜巻となったシルバームーンが更なる斬撃を叩き込もうとした時、宙空に浮かぶ透明のひびはふうわりと浮かび上がった。
右足で放とうとした斬撃を空振りさせたシルバームーンは、音叉を手にとって叫ぶ。
「ロックフィスト、まかしたぞ!」
やはり音叉を咥えたロックフィストが、颶風となって水晶人形を追う。
音叉の音を後ろに置き去りにしたロックフィストは、空中に浮いた透明のひびへ襲いかかる。
閃光がロックフィストの頬を裂いて、血が繁吹いた。
空中に、血の赤い筋が糸となって伸び剣の所在を示す。
ロックフィストは、口に咥えた音叉を吐き捨てる。
そして雄叫びをあげながら、岩の拳を何もない空間へ叩きつけた。
幾千もの硝子が砕け散る音をたて、空間に無数のひびが入る。
透明の蜘蛛の巣が、宙に貼り巡らされた。
ロックフィストは、本能的な動作で頭をさげる。
その上を、不可視の剣が殺意を孕ませ走り抜けた。
ロックフィストは退こうとするひびを追って、さらに一歩踏み込んだ。
放たれた岩の拳は、空間を砕く。
何もない透明の空間が粉微塵に砕け、水晶の欠片となって床へ落ちていった。
床は真冬の湖で凍った湖面を砕いた後のようになり、そこへ二振りの水晶剣が落ちてくる。
広間に、夜明け前の静寂が降りてきた。
闇は、太陽の復活を拒絶しより濃くなる。
ミハイルは兵に指示を出し、連射砲の後部につけられた箱が取り外された。
空になった箱の変わりに、弾丸の詰まった箱が装着される。
静まりかえった広間の沈黙を破って、ミシェル・デリダが口を開いた。
「もう少しで夜明けだ。おれたちは、夜を越えられたようだな」
アナスタシアがその傍らで、頷いてみせる。




