夜から夜明けまで 第五十七話
ブラッドローズは膝をつき、アナスタシアへ手を差し出す。
アナスタシアはブラッドローズの差し出した手を払い除け、睨めつける。
「遊んでいる暇はないの」
ブラッドローズは、きっと金色の瞳でアナスタシアを睨み返す。
その頭上で、黒い影が羽ばたく。
影は鴉に姿を変えて、ブラッドローズの肩へ舞い降りた。
太陽の金色に輝くブラッドローズの髪が、漆黒の翼の横で揺らめく。
「僕の目を、ばらまいてあるのね」
鴉は、フェイフゥーの声でブラッドローズの耳に語りかける。
「位置情報を送るよ」
黒い羽が、ブラッドローズの顳顬に触れる。
そこに微かな痛みを感じると共に、魔法式が頭の中へ流れ込んでくるのが判った。
内容を吟味するまでもなく、それらが死体の位置へ次元口を導くものであることを理解する。
ブラッドローズは金色に燃える炎の鬣となった髪を靡かせて立ち上がった。
鋭い八重歯で人差し指の先を、裂く。
夜の漆黒が宿った肌に、薔薇の深紅が滲み出る。
真夜中の太陽である金色の瞳を輝かせ、ブラッドローズは叫ぶ。
「家畜の長、ミハイル!」
雷管銃を構えたミハイルは、苦笑してブラッドローズのほうを振り向く。
ブラッドローズは何かを投げる仕草で、右手を前に出す。
紅い真珠の輝きを持つ血の滴が、広間を支配する闇を裂きながら飛ぶ。
血の滴は、空中で蒼い輝きへと変化する。
そして、空中でさらに三つの光に分裂した。
蒼ざめた輝きを放つ、異なる次元界へと繋がった穴は連射砲の前へと飛んでゆくとその銃口の前に浮かぶ。
三つの連射砲の前には、三つの次元口が据えられた。
眉根を寄せるミハイルに、勝ち誇った獣が見せる笑みを浮かべたブラッドローズが叫んだ。
「反撃だ!家畜の長」
ミハイルは少し嘲るような笑みを浮かべると、獣の咆哮で号令する。
「全員、一斉捜射!」
三人の射手は、一斉にハンドルを回す。
地響きのような轟音が、広間を震わせる。
鉄でできた殺戮の意思が、蒼い輝きの向こうへと消えていく。
銀色の滝となった金属薬莢が、床に落ちてきらきら輝いた。
ブラッドローズの顔から、表情が消える。
彼女の頭では、フェイフゥーに渡された魔法式が高速で駆動されていた。
それは、幼い頃から過酷な訓練を受けたアルケミアの魔道師にしかできない技である。
無数の20ミリ弾をブラッドローズは魔法式にしたがって行き先を決め、次元口へ放つ。
彼女の頭の中では、同時に数十個の魔法式が駆動している。
まるで、百本のナイフを頭の中に指し込まれているようだと、ブラッドローズは思う。
けれど、フェイフゥーに与えられた魔法式は正確であった。
フェイフゥーのばらまいた目をブラッドローズも共有し、次元口の向こう側で死体たちが臓物をぶち撒けながら破壊されるのを見る。
静寂は、唐突に訪れた。
三つの連射砲は、全ての弾を撃ち尽くし熱せられた砲身から陽炎をたてて沈黙している。
ブラッドローズの頭の中で駆動していた魔法式も、停止した。
激しい眩暈の中で、ブラッドローズは膝をつく。
彼女は、空の高みから海の底へと落ちていく酩酊感に浸されている。
その頭が重い液体に沈んでいるような静寂の中で、ブラッドローズは氷水に浸されたような恐怖を感じ慄然とした。




