夜から夜明けまで 第五十三話
執拗に奏でられる、銃声のリズム。
時おり闇を貫いて響く、怒号や悲鳴がそのリズムに絡み付く。
これが戦場音楽というものなのだろうかと、ブラッドローズは広間の片隅に蹲りぼんやりと思った。
いつの間にか広間には、廃材で組まれたバリケードが出来上がっている。
魔法を操る死体を相手にするなら、あんなものに意味はないだろうなとブラッドローズは思う。
けれど砦の兵たちは、そんなことを気にせず忙しく働いていた。
誰がどう考えても絶望的な戦いに、のみこまれているはずだ。
しかし、この砦にいるブルガリーア・エグザイルの兵たちはそんなことを気にしている様子はない。
むしろその顔には、昏い悦びすら感じられる。
ブラッドローズは、思う。
きっとこのおとこたちにとっては、死をもってすら逃れられない絶望であっても、戦いの悦びの前には色褪せるの程度のものだろうと。
砦の隊長ミハイルは、鋭く声を発して兵たちに指示をだし、自身も忙しく歩き回っていた。
その口元には、紙巻き煙草が咥えられている。
あたりには火薬を詰め込んだ弾薬がところ狭しと置かれているのに、火のついた煙草を咥えるなど正気の沙汰ではない。
ブラッドローズにはそう思えるのだが、ミハイルは高揚した顔で指揮をとり何の危険も感じていないようだ。
何かがこのおとこたちには、欠けている。
あるいは、致命的に重要な感覚が麻痺しているに違いない。
ブラッドローズには、そうとしか思えなかった。
実質的な指揮をとるミハイルに対し、この砦を本来支配しているはずのミシェル・デリダ総督は何も指示をしていない。
その美貌を少しだけ憂鬱そうに曇らせて、椅子に深く腰をおろしたままだ。
時おり面倒くさそうに、作戦の許可を求めてくるミハイルに、簡単な返事をするだけである。
近くにきた兵と話をすることもあるが、指示をだすわけでもなくただの雑談をしているだけのように見えた。
このおとこは、やはり死に瀬していてもそれを気にとめているようには見えない。
やはりデリダ総督も、何かが麻痺しているのは同じのようだ。
デリダは、近くに来たアナスタシアに声をかける。
デリダは、アナスタシアが手にしている弓を指して言った。
「おまえのその弓は、楽器なのか?」
「そのとおりですわ、総督閣下」
砦のおとこたちほどいかれてはいないアナスタシアは、多少気がたっているようだが礼を失しない答えをかえす。
「おまえは、その弓で魔道を為すそうだな」
アナスタシアは、デリダに向き合って答えた。
「はい、そのとおりです」
「魔道には、ひとの生命を絞りだした力が必要であると聞くが、おまえの弓もそうなのか?」
アナスタシアは少し笑みを浮かべ、首を振った。
「いいえ。わたしが扱う魔道の元になるのはひとの生命ではありません。わたしの魔道は、女神アーシュラが奏でる音楽により駆動されます」
「ほう」
デリダは、興味深そうな顔になる。
このおとこは、自分の知る欲求がみたされることが、自分の生命より大事なのかも知れないとブラッドローズは思う。
アナスタシアも、少し苛立ちを目に浮かべている気がしたが、ミシェル・デリダはそんなことに気もとめず問いを重ねる。
「女神アーシュラとは、死の神サトス神の妻であり東方のアシュバータで祭られると聞くが」
「そのとおりです」
アナスタシアは、辛抱強くデリダの相手をする。
「音が駆動する魔道であれば、その力は尽きることはないのか」
「いいえ」
アナスタシアは、首を振って答える。
「音であっても、それは使うと失われます」
「ほう」
デリダはどこか昏い目をして、問う。
「失われると、どうなる」
「わたしの身体にはアーシュラの音楽が刻み込まれ憑代となっています。その身体から音楽が失われれば、わたしの命もつきます」
デリダは、ゆっくりと頷いた。
「あと、どれくらいおまえの音楽は持つ?」
「朝まで、戦い続けられるくらいには」




