夜から夜明けまで 第五十一話
そこは、太古の洞窟を思わせる。
イワンはウルクアイの住民を避難させたその倉庫を見渡し、そう思った。
夜は液体となり、天井の高い倉庫の中に重く満ちている。
そこに満たされていた様々な装備の類いは全て運びだされており、今は街のひとびとが詰め込まれていた。
予備役登録されていた若い男は全てかり出されているため、老人やおんな子供の姿が目立つ。
街のひとびとには、マットと毛布が支給されている。
思いの外、彼らは従順であった。
夜中に叩き起こされ倉庫に詰め込まれることにもっと不満がでるかとも思ったが、皆沈黙し息を潜めている。
彼らはあの空から降りてきた銀色の塔を見て、ただならぬ気配を感じとっていたのかもしれない。
また、ミハイル隊長が街のひとびととの関係を築くため打ってきた布石が、それなりに効果を発している可能性もある。
なんにせよ、その倉庫の中は静かであった。
夜の海底を思わせる重い静寂が、あたりを満たしている。
ふと、イワンは違和感を感じた。
それは、獣が察知する類いの気配とでもいうべきもの。
イワンはその気配に導かれ、おとなしく座っている街のひとびとの間を歩いていく。
雷管銃は腰だめにし、いつでも撃てるようにしていた。
出入り口は、彼の配下にある小隊が見張っているため誰かがはいってくることは無いはずではある。
しかし、イリューヒンから少し呪い師のことを聞いていたイワンは、何があっても不思議は無いと思う。
イワンの頭に、ひとつのイメージが浮かび上がる。
真紅の滴が、したたるイメージであった。
イワンは、それが臭いのもたらすものであると気がつく。
歩いていく内に、血の臭いは濃厚なものになっていった。
イワンは引き金に指をかけ、速歩で進む。
ふと、足元に水のようなものを見る。
腰につけていたランタンを、その水に近づけた。
燃えるような真紅が、目に飛び込む。
まぎれもなく、血であった。
イワンは、その血が流れてくる先を見る。
眠るように横たわっている、おんなの首筋から血が小川のように流れていた。
イワンは、腰につけている小物いれから音叉を取り出す。
アナスタシアというおんな呪い師から、渡されたものだ。
こう、説明を受けている。
彼らの砦を襲うのは、目に見えぬ水晶の人形だ。
水晶人形自身にも目はないため、人形は襲いかかる相手を確認するのに、水晶の剣を振動させ音を出しその音の反響を使う。
その音は、ひとの耳には聞こえぬ音ではあるが、彼らに渡された音叉は水晶の振動に反応する。
そして、今イワンの手の中で音叉は激しく震えていた。
イワンは水晶人形の位置を確認するため、音叉を振り回す。
上を向けたとき、一番強く震えた。
イワンは躊躇わず、頭上めがけて雷管銃を発砲する。
落雷のような轟音が、暗い倉庫の中に轟いた。
イワンの頭上で火花があがり、ほんの一瞬透明の人形が姿を現す。
イワンはその姿の美しさに、息をのんだ。




