夜から夜明けまで 第五十話
「それが、どうした」
アナスタシアは、少し笑みを浮かべて言った。
「ただの兵ではないと、思っていました」
ミハイルは、苦笑した。
ブラッドローズは、記憶をたどる。
かつて、アナスタシアに聞いたことがあった。
遥か昔に国を失い流浪の民となったブルガリーア・エグザイルは、高い戦闘技術を身に付けることによって自分達の生き延びる道を見いだしたと。
彼らはブルガリーア・エグザイルは優れた傭兵として、中原じゅうに知られていた。
ただ、ブラッドローズにしてみればそんなことはどうでもいいことのように、感じている。
所詮白い肌のひとに過ぎず、アルケミアの魔道師である彼女からすれば同じ家畜であった。
ミハイルは自嘲めいた笑みを浮かべて、アナスタシアに答える。
「おれたちがただの兵では無いと名乗るのは、身勝手というものさ」
ミハイルは、少し遠くを見る目をして言葉を重ねる。
「おれたちは、ただの兵隊だし、ただの山賊だ。それが分相応ってものだよ。多くは期待するな」
ミハイルは、いい終えると鋭い目でアナスタシアを射抜く。
「そんなことよりも」
ミハイルは、表情を変えないアナスタシアを睨み付ける。
「いったい助け手とは、何者だ。なぜ、今すぐ呼ぶことができない」
アナスタシアは、とても哀しげな瞳でミハイルを見る。
「今は、説明できないのです」
「なぜだ」
アナスタシアは、ゆっくりと首を振る。
「時が満ちていないとしか、言いようがありません」
ミハイルは、舌打ちしたがそれ以上問うことはしなかった。
一度信じると決めた以上、他に選択肢がないことは確かである。
そのことは、認めざるおえない。
そういった想いが、その表情から滲み出ているように思う。
ふと、ブラッドローズは奇妙な気配に気がつく。
何か黒い靄のようなものが、広間の天井に漂っているような気がする。
しかしそれは単なる霞ではなく、明らかに魔道の気配を内に孕んでいた。
ブラッドローズは、声を発する。
「アナスタシア、あれを見て」
アナスタシアは、ブラッドローズの視線の先を見て頷いた。
そして、右手を天井に向かって差し出す。
霞は、黒い水が流れ落ちていくように、アナスタシアの手に向かって墜ちていった。
それは急速に凝縮してゆき、形を整えてゆく。
アナスタシアの差し出した手の先に、鴉が出現する。
アナスタシアは、呟くように言った。
「フェイフゥー」
ミハイルとデリダは、驚いた目をしてその鴉を見る。
アナスタシアは、笑みを見せ言った。
「心配ありません、わたしたちの仲間です」
鴉は、肯定するように一声鳴くと喋りだす。
「やあ、アナスタシア。良い知らせと悪い知らせを、持ってきたのね」
アナスタシアは、ふっと笑う。
「では、悪い知らせから」
「シックスフィンガーは、もうこの時間線では生きていないのね。さらに、死体は奪われてしまった」
アナスタシアは、頷く。
「良い知らせとは」
「僕の死体は、復活できないほど粉微塵にされたよ」
アナスタシアは、もう一度頷く。
全ては予定通りとでもいいたげな、表情であった。
「シックスフィンガーは、後どのくらいでつくかしら」
鴉は少し首をかしげ、考える。
「後、一刻以内には着くのね」




