夜から夜明けまで 第四十九話
その大広間は、騒然としていた。
食料、武器弾薬をはじめとして、様々な装備が積み上げられていく。
ブラッドローズは、その様子を広間の奥に座って見つめている。
砦の兵だけではなく、隊商のおとこたちやアナスタシアもその作業を手伝っていたがブラッドローズはそれを眺めているだけだ。
とりあえず、自分の出番はまだこなさそうなことだけは判る。
けれど、なぜ自分がここにいるのだろうかと微かに疑問は感じた。
しかし、その想いを深く追求はしない。
何かを考える余裕がなくなるほど、その広間は慌ただしく騒然としていた。
砦の隊長であるミハイルは矢継ぎ早に指示を出し、何人もの兵が次々と出入りする。
総督であるミシェル・デリダは、腕組みをしてそれを見つめていた。
二輪の台車に積まれた6連装連射砲が運び込まれた時、デリダは少し渋い顔をする。
それを見咎めたミハイルが、声をかけた。
「なんだよ、文句あるのか」
「いや、」
デリダは少し悔しそうに、その後装式で金属薬莢を使用する連射砲を見る。
「いち掃射で、ひと月の稼ぎが吹き飛ぶと思うとな」
ミハイルは、苦笑する。
「おまえがそんなケチ臭いことをいうとは、驚いたぜ」
三台の連射砲が据えられたのを見て、デリダは諦めたようにため息をつく。
それを鼻で笑ったミハイルは、近くにきたアナスタシアに声をかける。
「おい、お前の言う通りにしてはいるが」
アナスタシアは、無言で礼をとった。
「籠城ってのは好きじゃあない。所詮全滅するだけだろう」
「はい」
アナスタシアは、平然と答える。
「その通りですね」
ミハイルは、アナスタシアを睨む。
「だったら砦を捨てて、オーラに向かうべきじゃあないのか。あそこなら」
アナスタシアは表情を変えずミハイルを見ている。
それを見ているうちに、ミハイルはうんざりした表情になった。
「機動甲冑の部隊や、龍騎士もいる。たかが歩く死体なんて、あっと言う間に片付けるだろうさ」
「わたしたちがオーラに助けを求めたとして、オーラ公は動くと思いますか?」
それに答えたのは、ミシェル・デリダであった。
「いや、オーラ公はおれたちの言うことは信じない。なんにせよ、軍を動かすことはない」
ミハイルは、呆れ顔でデリダを見る。
おまえがそれを言うのかというこころの声が、聞こえた気がした。
デリダは、肩を竦める。
「おれがオーラに戻ったときに投獄されなければ、むしろ幸運というぐらいだ」
「判ったよ。人望のある上官の下で働けて、おれは幸運だね」
ミハイルのうんざりした言葉に、デリダは苦笑する。
「しかし、ここで籠城しても全滅するしかないのなら、可能性が少しでもあるほうを選ぶべきだろう」
ミハイルは、尚もアナスタシアに食い下がる。
アナスタシアは、少し悲しげに首を振った。
「そうしない理由は、ふたつあります」
なぜか、ブラッドローズは語り始めたアナスタシアを見てどきりとする。
「第一に、ここを捨て騎兵だけが全力でオーラに向かっても、たどり着く前にソリッド・ステーツ・エンティティは追い付きます」
ミハイルは、まさかと思ったが口にはしなかった。
アナスタシアは、さらに言葉を重ねる。
「第二は、わたしたちが助け手を呼ぶからです。全滅する前に」
「おまえたちが?」
「ええ」
アナスタシアは、少し笑みを見せる。
なぜか、ブラッドローズはその微笑みを見てぞっとした。
首筋の後ろの毛が、逆立つのを感じる。
ミハイルは疑わしげに、アナスタシアを見ていた。
ミハイルがさらに言葉を重ねる前に、アナスタシアが口を開く。
「少し驚きました」
ミハイルは、虚をつかれて問い返す。
「なんだ?」
「あなた方は、皆ブルガリーア・エグザイルなのですね」