夜から夜明けまで 第四十六話
その闇には、殺意という針が潜んでいた。
凶悪な気配は、闇を固体化させてゆく。
それはもう隠す気がないのかと思えるほどの強度で、夜の闇に溢れていた。
夜の森を駆け抜けてゆくシックスフィンガーは、自分の目の前を飛んでいる鴉に声をかける。
「どう思いますか、これを」
鴉は、答えた。
「誘っているね、きっと」
「そのようですね」
夜の中で漆黒の炎が燃え盛っているかのような凶悪な気配が、前方にある。
それは大声で、ここにいると叫んでいるようなものだ。
つまり歩く死体は、呼んでいる。
シックスフィンガーを。
「きっとあんたが欲しいのね、シックスフィンガー」
闇の中を軽やかに飛んでゆく鴉は、気楽とも思える口調で言った。
「僕の死体より、あんたの死体のほうが役に立つと思ってるね」
「まさか」
シックスフィンガーは、落ち着いた口調で答える。
「彼らが欲しいのは、両方でしょう。わたしとあなた、ふたつの死体を手に入れるつもりですよ」
「それは、むしがよすぎると思うのね」
シックスフィンガーは、頷く。
「そうですね、もちろんそんなことをさせる気はないですけれど」
とはいえ、無傷でフェイフゥーの死体に勝てるという考えもむしがよすぎるだろうと、シックスフィンガーは思う。
ふふ、と鴉は笑った。
「なんですか?」
シックスフィンガーの問いに、どこか上機嫌にフェイフゥーが答えた。
「いや、僕は前々からあんたが僕とどんなふうに戦うかを見てみたいと思ってたのね」
シックスフィンガーは、思わず苦笑する。
「少し、わくわくするよ」
まともな神経の持ち主なら怒りだしても不思議はない言葉だったが、シックスフィンガーは平然と返す。
「それはよかったですね」
その言葉を放った直後に、森は途切れ少し開けた場所にでる。
鴉が翼を羽ばたかせ、宙に舞い上がった。
その開けた場所の向こうに、燃え盛る漆黒の炎となった殺気がある。
殆ど反射的に、シックスフィンガーは立ち止まっていた。
けれどシックスフィンガーに襲いかかったのは、彼の背後の影である。
蒼ざめた月の光に殺戮の大天使がごとき翼を広げた闇色の虎が、出現しシックスフィンガーの背中を襲う。
漆黒の短剣が並ぶ口を開き、真黒き虎がシックスフィンガーの首筋へ迫る。
しかしその牙は、シックスフィンガーに届くことは無かった。
星なき夜の闇より尚暗い虎の頭は、目に見えぬ刀に両断され大地に転がる。
ほんの一瞬だけ、金色の月影がエルフの貴婦人が持つ優雅なシルエットを闇に浮かび上がらせた。
それは、直ぐに闇に溶け込み不可視の存在へと戻る。