夜から夜明けまで 第四十五話
「似てるんじゃあないかな」
薄く笑みを浮かべた口から言葉を吐くミハイルを、少し咎める眼差しでデリダは見た。
「一体何と似てるんだ」
「クワーヌ共和国と、その石がだよ」
デリダは、虚をつかれた顔つきになる。
「共和国は、おれたちの故郷であるブルガリー王国を壊滅させた。おれたちブルガリーア・エグザイルにしてみれば、共和国は許しがたい邪悪な存在だ。だがな」
ミハイルは薄く笑いながら、遠くを見る目をして語る。
「おれたちは本質的にいえば、共和国に邪悪さなぞないことを知っている。いうなれば、そう、違うんだ。どうしようもないほど根底的なところで違うがゆえに、王国と共和国は決して相容れあうことがない」
ミハイルは、自分の言葉に少し自分自身で戸惑っているかに見えた。
しかし、それでもミハイルは言葉を重ねる。
「相容れることがないから、互いに滅ぼそうとするしかなくなる。結局のところ、そのソリッドなんとかという石と、おれたちの関係は同じだろう」
デリダは何も言わず、すこし口を歪めただけであった。
ただアナスタシアは、頷いてみせる。
「そのとおりだと、思います」
アナスタシアの言葉に、ミハイルは邪悪な笑みを返した。
「言っておくが、おれは何も信じたわけじゃあねぇぞ」
ミハイルは、凶悪な顔つきでアナスタシアを睨む。
「おまえは、何も証拠を提示してない。おれは、そっちのぼんぼん総督閣下様とは違うんだ。おまえの言葉を、信じる理由はない」
ミシェル・デリダは苦笑する。
一方アナスタシアは、もう一度頷いた。
「隊長様に信じていただけるとは、はじめから思ってはおりません」
「ふざけるな」
ミハイルは一喝したが、アナスタシアは表情を動かさない。
「わたしの言葉を信じる理由はなくても、ご自身の部下に何があったかお聞きになればいいと思います」
アナスタシアは、闇を貫くような強い眼差しでミハイルを真っ直ぐ見つめる。
ミハイルはその眼差しから目をそらし、イリューヒンを見た。
「貴様の見たことを、言え。憶測はいいから事実だけを言うんだ」
イリューヒンは、蒼ざめた顔つきでミハイルに答える。
「おれが見たものは」
イリューヒンは、一瞬だけ躊躇いをみせたがミハイルの眼差しに押されるようにして語る。
「死んだ部下が立ち上がり歩き出すのを、見ました」
むう、とミハイルは呻く。
それは、さっきシックスフィンガーがやってみせた魔法だ。
魔法なら、そんなことができるのは理解させられた。
「本当に死んでいたのか?」
「鉄の杭で、心臓を貫かれていました」
ミハイルは、イリューヒンがこんな状況で嘘をつくとは思わなかった。
デリダが、横から口を出す。
「一応聞いておくが」
イリューヒンは、緊張した顔でデリダを見る。
「それはあの星船が、アルフェットの海へ降りてからおきたことだな」
「そのとおりです」
疑う理由は無くなったらしい、ミハイルは苦い想いをかかえつつそれを認めた。
ミハイルは、アナスタシアに向き直る。
「これから何がはじまるのか、言え」
「立ち上がった死体たちが、この砦を襲いにきます」
アナスタシアは、感情を交えぬすこし残酷な口調で語る。
「死体はおそらく弱いもの、街の住民から襲います。死体になれば、ソリッド・ステーツ・エンティティの支配下に入ります。そうやって立ち上がった死者は増えてゆき」
アナスタシアは、昏く目を輝かしながら言った。
「いずれ地上には立ち上がった死体だけが、残ることになります」
もう一度、沈黙が降りてきた。
それは夜の闇より深く、海の底よりも重い沈黙である。
ミハイルは、ぼんやりと思う。
おれはついに、死さえも奪われたのかと。
故郷を、国を失ったおれの最後に残された自分の王国であったはずの死すら持つことが許されぬのか。
そんな想いがこみあげ、無意識のうちにミハイルは自嘲で口許を歪めていた。
デリダが重い空気を振り払うように、笑い声をあげる。
「何のこたぁない。ようするに死ななきゃあいいんだろう」
デリダは強い眼差しで、ミハイルをアナスタシアを見る。
「それはおれたちが、ずっとやってきたことだ。そうだろう」
デリダは、ミハイルを真っ直ぐ見る。
「戦って、生き延びる。同じさ、今までと」
その言葉に、ミハイルは無言で頷いた。