夜から夜明けまで 第四十四話
デリダは、少し歪んだ表情を見せる。
それは飢えたものの顔であり、求めるものの顔であった。
「では、あそこには神か邪神がいるのか?」
アナスタシアは、静かに首を振る。
「あそこにいるのは、そのようなものではありません」
「では、一体何がいるというのだ」
デリダの少し急かすような声にも、アナスタシアは表情を変えなかった。
そして、言葉でその場の空気を両断する。
「あそこにいるのは、ソリッド・ステーツ・エンティティ。そう、シックスフィンガーは呼んでいました」
ミシェル・デリダの眉が、片方だけ少し上がる。
ミハイルは、苦笑めいたものを浮かべていた。
「判るように、言ってくれ」
デリダの言葉に、アナスタシアは教師の口調になって答える。
「わたしたちの身体は、おおむね水でできています。わたしたちは、水の中から生まれた生命体であると言っていいでしょう。ソリッド・ステーツ・エンティティの世界に水はありません。そこにあるのは、鉱物の結晶体です。もっとシンプルに言えば、あそこにいるのは生きている石なのです」
デリダは少し口を開き、そして閉じると戸惑った目でアナスタシアを見る。
「ただの、石なのか?」
デリダの言葉に、アナスタシアは頷いて見せる。
「ええ。ソリッド・ステーツ・エンティティはただの石と呼んでさしつかえないでしょうね。けれど、彼らは鉱物の結晶体を融解させ魔法的エネルギーに変換することができます。それは、おそらく竜族がやっていることと似たようなものです。そうして得られるエネルギーはアルケミアが何千年もかけて蓄積した魔力を遥かに上回ります。そして彼らはその膨大な魔力を使いわたしたちを死滅させようとしています」
デリダは、眉間に少し皺をよせると問うた。
「そいつらは、邪悪な存在なのか?」
「いいえ」
アナスタシアは、あっさりと答える。
デリダは戸惑った声で、質問を重ねた。
「では、一体なぜ」
「そちらの方には、あれは災いであると説明しましたが」
アナスタシアは、ちらりとイリューヒンを見る。
イリューヒンは無言で、肩を竦めた。
「むろんあれは、わたしたちにとっては災いですが、本質はそうではありません。例えて見れば、吹き荒れる嵐の風そのものに邪悪さはなく無垢な力に過ぎないように。嵐は、風で大地を破壊する。それは、ただそういうものであるがゆえに」
デリダは、深く長いため息をついた。
暫くの沈黙の後に、少し気をとりなおして問いを発する。
「しかし、理由というものがあるはずだろう。ただの石であっても、生きているものだ。理由が、無いわけがない」
「そうですね」
アナスタシアは、少し物思いに耽る顔になった後に答える。
「宝石を輝かすには、その表面に付着した塵を落とさなくてはならない、といったところでしょうか」
デリダは苦い顔になり、言った。
「おれたちは、塵というわけか」
「もしくは、病の家畜を救うために寄生している蟲の駆除をしている、と言ったほうがいいかもしれません」
デリダはさらに苦い顔になると、腕組みをして沈黙する。