夜から夜明けまで 第四十三話
デリダは、満足げに頷く。
色男として名高いことがうががいしれる、美しい笑顔であった。
「では、おまえはアルケミアから来たという訳ではないのだな」
アナスタシアは、無言で頷く。
ミシェル・デリダは、その苛立ちを楽しんでいるかのようだ。
「にもかかわらず、おまえはおれたちを容易く皆殺しにできるのだろう」
アナスタシアが何かを言おうとするのを、デリダは制した。
「戯れ言は、ここまでにしよう。おまえは急いでいるようだからな」
アナスタシアはその言葉には何も答えず、真っ直ぐデリダを見つめる。
デリダもまた、笑みを捨て真剣な眼差しでそれに答えた。
「まず、望みを言え。アナスタシア。それから話を聞こう」
アナスタシアは、ゆっくり頷く。
「緊急でやる必要があることが、ふたつあります」
デリダは、頷き先を促す。
「ひとつ、先ほどの戦いで死んだものの死体を、焼き尽くすこと」
目を剥いたミハイルが口出ししようとするのを、ミシェル・デリダが手をあげて止める。
「もうひとつは、なんだ」
「ウルクアイの住人を全員、砦の中へ避難させること」
「おい」
ミハイルが、怒りの声を発する。
「一体、どういうつもりだ」
怒声を発するミハイルに、デリダは真っ直ぐ向かい合うように立つ。
その顔は、覚悟を決めたもののようにどこか涼しげな気配がある。
デリダは、自分の雷管銃を抜くと銃把をミハイルのほうへと差し出す。
ミハイルは、怪訝な声を出した。
「おい、ミシェル。これは、なんのつもりだ」
「おれは今からアナスタシアが言ったことを実行するように、おまえへ命令する」
ミハイルは、吐き捨てるように言った。
「本気か、おまえ」
「気に入らなければ、おれの銃でおれを撃て」
ミハイルは少し呆れた顔で、銃とミシェル・デリダを交互に見る。
「もしアナスタシアの言う通りにしなければ、ここで死んだほうがましと思うような事態になる」
「何を根拠に」
デリダは、とても美しくある意味無邪気と言ってもいい笑みをみせた。
「勘だよ」
ミハイルは大きく目を開き、何か言おうとして口を開け。
それをやめると、自分に突き出された銃把を押し戻しながら大きなため息をつく。
そして、叫んだ。
「イワン!」
アナスタシアの後ろで、頑強な身体を持つ古参兵が敬礼をした。
「ニコライに命じて、死体を全て焼却するように伝えろ。伝染病に感染したときと同じやり方だ」
「判りました」
「それと、おまえはまず街にいる予備兵を全て召集しろ。その予備兵を使って街のものを兵倉に集めるんだ。理由を訊ねるものがいれば、共和国の奇襲だとでも言っておけ」
「判りました」
「復唱はいい。すぐにとりかかれ」
イワンは無言で再び敬礼すると、踵を返し廊下へと消えていった。
「さて」
デリダは、アナスタシアにむき直る。
もうその瞳に笑みはなく、ただ取り憑かれたような光があった。
「おまえの言う通りにしたぞ。今度はおまえの番だ」
デリダはその美しい顔を、アナスタシアに近づける。
こころを蕩かすようなその顔を見てもアナスタシアの表情は、変わらない。
死を覚悟した戦士の目で、デリダを見返す。
「アルフェット海に降りてきたあれは、星船なのか?」
アナスタシアは、無表情で頷く。
「あれは、星より来たりしものです」