夜から夜明けまで 第四十二話
イリューヒンは見たところ平静を装っているようにもみえるが、内心は相当に動揺しているはずだ。
自分の隊が全滅したのと同様の状態で帰還したところに、総督自身が出迎えている。
イリューヒンでなければ、混乱を見せないことすら無理だろうとミハイルは思う。
ミハイルは、イリューヒンの隣にいるおんな呪い師のほうを見る。
シックスフィンガーがそうであったように、どこか平板な印象をもたらすおんなであった。
しかし、むしろその印象が偽装なのだろうと思う。
デリダは無言のままなので、まずミハイルがイリューヒンに向かって言葉を発する。
「貴様の報告を、まず聞こうか」
イリューヒンは、無表情のまま頷いた。
ある意味、覚悟ができている顔だと思う。
「7人が死亡、3人が重症です」
なるほど、全滅といってもいい。
ミハイルは、表情を動かさず問いを重ねる。
「相手側に与えた損害は」
「ありません」
ミハイルが、片方の眉をあげたのをうんざりした顔で見たイリューヒンが付け加える。
「傷つけることも、できませんでした」
「相手は、何人だった?」
「3人です」
そう言い終えると、イリューヒンは口を閉ざす。
ミハイルは、ため息をついた。
どうやら、こいつは言い訳するきはないらしい。
「貴様は」
「そいういことは、後でやってくれ」
ミシェル・デリダは、ミハイルの言葉を遮ってイリューヒンを見つめる。
「イリューヒン、おまえの隣のおんなはなんだ」
どこか面白がっているような口調のデリダに対して、イリューヒンはどこか困っているような顔をして答える。
「隊商の、支配人です」
「なぜ、ここにいる?」
「あなたに」
イリューヒンは、少しだけ躊躇ったように見える。
しかし、意を決したようにこう言った。
「会いたいと、申しましたので」
「ほう」
デリダは、満足げに微笑んだ。
ミハイルは、少し苛立った視線をデリダに向ける。
イリューヒンは、自分の隊を全滅させた張本人を連れてきて総督に会わせているのだ。
本来なら、言語道断なことである。
少なくとも、笑うようなことではない。
しかし、ミシェル・デリダは笑いながらおんなに声をかける。
「おまえは、名はなんという」
おんなは、一礼すると少し緊迫した口調で答える。
「アナスタシアと申します」
少なくとも、シックスフィンガーのように全てが芝居じみていたおとことは随分ちがう。
このおんなは、焦っているようだとミハイルは思った。
デリダもその焦りを感じとっているはずだが、笑みは崩さない。
「おまえは、ブルガリーア・エグザイルだな」
おんなは、はっとした表情になりデリダを見たが、もとの焦燥が浮き出た顔になって答える。
「そのとおりです」