夜から夜明けまで 第四十一話
ミハイルは、少し困惑した。
ミシェル・デリダとは長い付き合いであり、戦場で肩を並べて戦ったことも一度や二度ではない。
けれど、いつもこのおとこは冷笑的で真剣になっているそぶりを見せなかった。
それは、ポーズにすぎなかったのかもしれないが、今はそのポーズもおそらく完全に捨て去っている。
その取り憑かれたような瞳に、何か不安なものを感じた。
そのおとこはミハイルのよく知っているおとこのようで、中身が別人にすり変わっているようだ。
ミハイルがデリダに声をかけようとしたその瞬間に、突然背後から声をかけられる。
「ミハイル隊長」
ミハイルは、振り向く。
背の高い、武骨な顔の兵が立っている。
イワンという名の、おとこであった。
「なぜ、ノックをしない?」
イワンは、少し肩を竦めた。
「すみません、緊急な報告なもので」
「ほう」
ミハイルは、イワンを見つめる。
経験の豊富な古参兵であるイワンは、簡単なことでは騒ぎ立てたりはしない。
今も冷静なようではあるが、目の奥に緊張の光があった。
「一体何があった」
「イリューヒンが、戻ってきましたが、彼の隊は」
イワンは、少し重い口調で語る。
「ほぼ全滅です」
「なんだと」
ミハイルは、苦い顔になる。
まあ隊商にシックスフィンガーレベルの化け物がいれば、当然のことなのかもしれない。
何にせよ既にミハイルの兵は、ウルクアイの街から予備役の兵を集める必要があるところまで損害を受けている。
「それと」
イワンが、言葉を重ねる。
「イリューヒンは、おんなの呪い師を連れて帰ったようです」
ミハイルは、目を剥いた。
それは、彼の理解を越えた行為だ。
「一体なぜ」
「そのおんなが、総督に話があると」
「馬鹿をいえ」
ミハイルが悪態をつこうとしたそのときには、デリダが歩き始めていた。
かなりの速歩で進み、イワンが慌ててその後に続く。
ミハイルも追いかけながら、叫ぶ。
「おい、ミシェル、おまえどういうつもりだ」
「どうもこうもない」
ミシェル・デリダは速歩で進みながら、答える。
「アルケミアの魔道師の仲間なんだろう。そいつに話を聞くのがはやそうだ」
ミハイルは、ため息をつく。
残念なことに、事態は彼の手には負えない状況になりつつあるようだ。
それを、まずは認めることにした。
イリューヒンとおんな呪い師は、シックスフィンガーと話をした広間に通されている。
あのときと違うのはアレクセイの変わりにイワンが隣にいることと、ミシェル・デリダ本人が謁見しているということだ。