夜から夜明けまで 第三十四話
一瞬、闇色の風が夜の中を吹き抜けた。
二体の死体は、風に薙ぎ倒される草のごとく、地上に打ち倒される。
闇色の虎は、大きく翼を広げ、死の天使が吹き鳴らす喇叭の音で遠吠えをあげた。
その獰猛な咆哮は、夜の闇を貫き谺する。
闇色の虎の動きは、液体が流れてゆく滑らかさと、吹き抜ける風の速さを兼ね備えていた。
虎の牙と爪は、幾本もの短剣が振るわれるのと同じ残虐さをもたらす。
一瞬にして、死体の手が斬り飛ばされ、足が捥ぎ取られた。
胴は八つ裂きにされ、内臓は虎に喰われる。
死体は瞬く間に、原型を止めぬところまで破壊された。
そして、その頭は巨大な牙で噛み砕かれる。
脳髄を闇色の虎は、喰らっていく。
それを見ながら、フェイフゥーはぽつりと呟いた。
(力は膨大でも、魔法式は単純なようね)
星より来たりしものは、どうやらそれほど複雑な魔法式は持たないらしい。
まだ、と付け加えるべきなのかもしれないが。
ふと、視線を感じフェイフゥーは四方を見回す。
四体の死体が、彼を取り囲んでいた。
それらの死体は、いつの間にか頭を拾い上げ首の上に載せている。
(ふうん、どうやらただの馬鹿ではないようね)
頭を取り戻した死体たちは、スムーズな動きをしている。
どうやら闇雲にフェイフゥーへ攻撃を仕掛けていたのは、頭を探す死体の動きを気どられないためだったようだ。
死体たちは、銃を構えている。
銃口からは魔力が漏れてきているのか、蒼白い光が放たれていた。
そして、その銃口の先には、次元口がある。
フェイフゥーは、にっこりと微笑んだ。
今度は、避けきれない。
(残念ね)
鴉たちが漆黒の竜巻となり、フェイフゥーの回りを飛び交う。
闇色の虎は、再び黒い風となって死体たちに襲いかかった。
おそらく一手フェイフゥーは、遅れてしまっている。
黒い虎が暴虐の風となり死体たちを薙ぎ倒すより前に、四丁の銃がそれぞれ五発づつの銃声を轟かせた。
死体から再び頭が斬り飛ばされ、再び立てぬよう胴を両断されていく。
鴉たちがその身体に銃弾をくい込まされ、地面へと落ちていった。
しかし、ひとつの次元口をカバーすることに失敗する。
それはいわゆる魔弾と、呼ばれるものであった。
蒼白に輝く銃弾は、フェイフゥーの心臓と因果の糸で結ばれ命中を宿命付けられていたのだ。
それは、呪術でしか避けることができぬものであり、全てはその魔法式を組むための時間稼ぎだったのかと思える。
心臓を貫かれたフェイフゥーは、地面に倒れた。
その瞬間、一羽の鴉がフェイフゥーの頭に嘴を突きたて血を啜る。
そして、闇色の夜空へと舞い上がっていった。
数発の銃声が後を追ったが、空高く舞い上がった鴉には届かない。
夜に再び静寂が、訪れた。