夜から夜明けまで 第二十四話
夜を揺るがすような銃声が、轟く。
肉眼では捉えられぬ速度を持った鉛の銃弾たちが、空気を切り裂きブラッドローズへと襲いかかる。
不可視の刃と化した銃弾が、彼女の身体を切り裂こうとした。
ブラッドローズはその銃弾に対して、ただ挑むように立っていただけである。
彼女は真っ向から、鉛の銃弾を受け止めるかのように見えた。
しかし、銃弾は目に見えぬ手によって軌道を変えられたように、ブラッドローズを避け飛び去っていく。
ブラッドローズは風でできた篭によって、守られているかのようだ。
騎兵たちの戸惑い顔にむかって、ブラッドローズは高らかに笑ってみせる。
「おまえたち、醜く愚かで非力な家畜ども。まさか鉛の玉でアルケミアの魔道師を傷つけられるなどと、思ってはいまい」
ブラッドローズは、楽しそうに笑い続ける。
「いかに愚鈍な白き家畜でも、そこまで愚かになることはないぞ。我の慈悲は、例え果てしなく愚鈍な獣であろうとも、等しく死をたまうほどに深いとはいえな」
騎兵たちは少し互いに顔を見合わせると、もう一度銃を一斉に撃った。
再び、無数の雷鳴が合わさったような銃声が、轟く。
その射撃には、確かめる意味しか無かった。
銃弾は全て、ブラッドローズの前で軌道を歪め在らぬ方へと飛び去ってゆく。
ブラッドローズは魔道の力によって空気を歪め、虚像を産み出していた。
騎兵たちは、虚像のブラッドローズめがけて銃を撃ったがゆえに、銃弾はそれていったかのように見えている。
ただの目眩ましにすぎないし、魔道としてはごく低レベルのものであった。
彼女はほんの少し、時間を必要としている。
本の中から、「彼」を呼び出すための時間を。
そして、「彼」は少しづつ姿を顕にしつつあった。
彼女の血を飲み込んだ白いページには、星なき夜空よりも尚暗い暗黒が渦巻いている。
その暗黒から、手が突き出されつつあった。
蒼い金属の輝きを放つ、鋼鉄に覆われた左手が何かを掴もうとするかのように夜空に向かって伸ばされている。
大きな手で、あった。
おそらくその大きさにみあうのは、ブラッドローズの倍以上の背丈の持ち主であろう。
ほとんど、怪物的だともいえる。
召喚魔法は、加速されつつあるようだ。
本の中から手が出終わり、やはり金属の蒼ざめた輝きを放つ頭部が出現しつつある。
騎兵たちは、ブラッドローズの目眩ましに気がついたようであった。
二騎の騎兵が、彼女に向かって駆け出す。
至近距離で雷管銃を撃てば、弾が命中するであろうと踏んだらしい。
残念ながら、それは正解である。
しかし、ブラッドローズの召喚魔法は終わりつつあった。
本の中から鋼鉄の巨人が、足を踏み出そうとしている。