夜から夜明けまで 第二十三話
シルバームーンが、必殺の斬撃に備え全身に緊張を漲らせたその瞬間にブラッドローズの絶叫が夜の闇に響いく。
ブラッドローズの叫び声に呼応するように、焔の壁が彼女の左右に出現した。
空の上から見れば、炎鳥が地上で翼を開いたように見えたであろう。
突如として出現した深紅の壁に驚いた馬たちが足を止め、騎兵たちはたたらを踏む。
ブラッドローズが呼び出したサラマンダの引き起こす魔法は、ごく初歩的なものである。
本来魔法的戦闘に慣れた兵であれば、全くダメージを負わずに切り抜けられる程度の目眩ましにすぎない魔法であった。
しかし、ブラッドローズの読み通り魔法的戦闘に馴染みがないらしい騎兵たちは動きを止めている。
直ぐに炎の壁は、消滅した。
ブラッドローズは、アナスタシアたちを窺うが、弦をはるのに忙しいアナスタシアはブラッドローズをちらりと見ただけで何も言わない。
シルバームーンは、イリューヒンを牽制するので手一杯のように見える。
ブラッドローズの苦手なフェイフゥーは、アルフェットの海岸に行ったきり、まだ戻っていなかった。
つまり、ブラッドローズのやりたい放題の時間がきたというわけだ。
彼女はそう解釈すると、自分の縄張りに戻った猫の笑みを見せる。
騎兵たちは、ブラッドローズの放った炎に戸惑いを見せ足を止めたが、有効な攻撃を重ねてこない彼女に安心したのかそのまま円陣をとりはじめた。
ブラッドローズは、手に持っていたパルジファルの書を開き、親指の付け根に歯を押し当てる。
騎兵たちは、ブラッドローズの前に半円形に布陣をとった。
雷管銃をブラッドローズへ、狙いをつけている。
ブラッドローズは、血を本の白いページに滴らせながら叫んだ。
「白い肌の家畜たちよ」
彼女は、こころを高揚させ酒に酔ったかのような心地で、叫ぶ。
「醜きものたちよ、我アルケミアの魔道師なり、汝らの主なり。そして汝らに、慈悲深き死をたまうものなり」
騎兵たちは、ブラッドローズの叫びに失笑を色を見せた。
彼らは鉄と火薬の造る戦場を現実として、生きてきたものだ。
ブラッドローズの叫びは、ただの戯れ言としか思えない。
騎兵たちが狂ったものをを見る目でブラッドローズを見つめている最中に、彼女の手の中にある本は、彼女の血を喰らっていた。
その本は、生きている。
いや、正確に言えばその本は、本のふりをした生き物というべきであった。
魔法的生命体の中に、ギミックスライムと呼ばれるものがいる。
ギミックスライムは不定形の生き物であるが、他の生き物の姿を模倣し色々な形態をとることも可能だ。
パルジファルの書は、そのギミックスライムに魔法式を書き込むことによって本としての形態を取らしたものである。
よってその本のふりをしたギミックスライムは、その中に書き込まれた魔法式を血を与えることによって自力で駆動することができた。
パルジファルの書は、召喚魔法を駆動しつつある。
騎兵たちは、黒い肌の勝ち誇った笑みを浮かべている少女に、ほんの少しだけ戸惑いをみせた。
しかし直ぐに結論がでたらしく、互いに目配せしてタイミングを合わせた騎兵たちは一斉に雷管銃を発砲する。
ブラッドローズめがけて。