夜から夜明けまで 第十九話
世界の終わりが来た、ブラッドローズはそんな思いにとらわれた。
唐突に、静寂が訪れる。
時は撃ち殺され、その死骸となった漆黒の闇が重たくあたりに満ち溢れた。
ブラッドローズは、その静寂に総毛立つのを感じる。
それは終わりでなく始まりであると、彼女は誰にも教わることなく理解した。
その証拠に、耳の奥底、闇の遥か向こうで騒めきが感じられる。
それは、ブラッドローズの骨を揺さぶるようなさらなる災厄への予感であった。
シルバームーンが、その予感を裏付けるように言葉を発する。
「来るぞ」
その眼差しは、闇を貫いてアラフェットの海を見つめているようだ。
アナスタシアも、同じ方向を見つめながら頷く。
その矢が番がえられていない弓もまた、海のほうを向けられている。
静寂があたりを支配していたのは、ほんの一瞬であった。
海のほうから、百万の獣が駆けるような轟音が轟きはじめる。
ブラッドローズは、それを見て息をのんだ。
それは陶酔的なまでに、美しい光景でもある。
垂直に聳える壁となった海が、銀色に輝く月の光を浴びながら雪にも似た泡をその頂点に舞散らし迫ってきていた。
闇の中であっても青く輝く海は、気の遠くなるほどに美しい。
しかしそれは、確実に彼女らへ死を齎すであろう強大な力でもある。
アナスタシアが、絶叫するような声で鋭く叫ぶ。
「アーシュラ、女神アーシュラ、我に音を、創世の和音を与えたまえ!」
アナスタシアは、叫びながら弓を弾く。
何度も、何度も。
弧を描くように、弓を動かしながら弾いていた。
弓の発する音は、空間そのものに亀裂をいれ打ち砕くようである。
それは何百もの見えない刃となり、夜の闇を走り抜け泡立ち押し寄せる海へめがけて放たれてゆく。
蒼ざめた巨人であるその海は、目に見えぬ刃となりし音によって打ち砕かれ大地に崩れていった。
ガラスの船が波を割って海を進む様にも似たように、ひとの身長を越える高さとなった海は野営地の手前で粉砕され左右に流れてゆく。
アナスタシアが弾く弓の音は、無数の精霊たちがあげる絶叫の歌声であった。
それはほとんど物理的な力となり、ブラッドローズたちを強く揺さぶる。
イリューヒンたち騎兵は、恐れ闇雲に駆け出そうとする馬を押さえ込むのに必死であった。
馬達はダンスするように土煙をあげ、その場をぐるぐる回っている。
叫び続ける弓の音は、唐突に止んだ。
弦が限界を越えて、切れてしまったせいである。
ブラッドローズは、切れた弦を見て思わず息をのんだが押し寄せる海もその時には力を失っていた。
野営地の手前で崩れ落ちた波は、踝のあたりに届く程度の高さとなり野営地へ侵入する。
一瞬だけ海は大地を月の光に照らされる蒼ざめた鏡へと変えてみせたが、諦めたように闇の中へと退き下がってゆく。
ようやくこの世の終わりのような災厄が幕を引き、再び夜の静寂が訪れた。