夜から夜明けまで 第十八話
イリューヒンの顔を見ていれば、考えていることが手にとるように判った。
彼は、一方的な虐殺を楽しむために、ここへ来たはずだ。
しかし、彼が嬲り殺しにするはずだった隊商は、奇妙な呪術を扱う祈祷師である。
もちろん、祈祷師など恐れる気はないが、その力と戦えば殺し合いになるだろう。
それは、虐殺ではなく戦争と呼ばれるべきものだ。
イリューヒンは兵であるから、戦争を忌避する気はない。
むしろ、歓迎するべきものだ。
けれどそれは、自分達と同じような軍人と戦う時である。
戦争で武功をあげれば尊敬されるし、より大きな隊を率いることができるようになるはずだ。
だが、祈祷師を殺したとしてもそれは称賛の対象とはならない。
にも関わらず祈祷師を殺すのは、命がけである。
馬鹿げた話だと、思う。
ブラッドローズは、イリューヒンがこころの中で呟くのを聞いたような気になる。
(いっそこいつらの使いを待ってみるか)
冗談じゃあないと、ブラッドローズは思う。
彼女らを、屠殺場にいる家畜と同じ扱いをするつもりだった連中を、穏便に帰すなんてとんでもないと思っていた。
どうしてやろうかと、彼女が舌なめずりして考えていた時、シルバームーンが声を発する。
「どうやら始まるようだぞ」
シルバームーンは、空を見上げていた。
アナスタシアも、同じように空を見上げる。
「いよいよ、シックスフィンガーの言ってたあれが始まるのね」
アナスタシアの声に、シルバームーンが頷いた。
イリューヒンも、空を見上げる。
ブラッドローズも、皆に倣って空を見上げた。
夜空の中に、とても明るい星がある。
星空に投げ込んだ松明のように、輝いていた。
そして、その輝きは次第に強くなっていく。
気がつくと、月よりも明るく大きくなった。
それどころかその星は、太陽のように強く輝きだす。
ブラッドローズは、自分が夢を見ているのではと疑いはじめた。
しかしその現実離れした景色には、夢とは思えない鋭さがある。
夜空に出現した太陽より明るい星は、見るもののこころを焼き焦がす激しさがあった。
その激しさこそ、現実の鋭い刃だとブラッドローズは思う。
星は大気を焼き暴虐な光で大地や森を真っ白に照らしながら、アラフェット海に向かって墜ちて行く。
ブラッドローズは天空から放たれた光の矢が、夜の海へと突き刺さるのを見た。
空気が燃え上がったかのようにあたりに白い光が、満ち溢れる。
魔神が振るうハンマーが大地を粉砕するがごとく、あたりを震わせ轟音を轟かせた。
百万の稲妻が、夜の海に向かい投げ込まれたかのようだ。
ブラッドローズは自分がベヒーモスの腹の中に入り、胃袋で消化されそうになる感覚を味わった。
世界が光で狂ってしまった、彼女がそう思った瞬間、いきなり闇が落ちてくる。
巨獣の咆哮となった風が、夜の闇の中を走り抜けてゆく。
木々が絶叫をあげて揺れ、物理的な力を持った轟音が脳を揺さぶる。
世界の終わりが来た、ブラッドローズはそんな思いにとらわれた。