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夜から夜明けまで 第十七話

「お名乗りいただき、ありがとうございます、イリューヒン様。それでは」

アナスタシアは矢を番えていない弓を騎兵達に向けたまま、毅然とした物腰で言った。

「わたくしどもの言ったことは、ご理解いただけましたか?」

イリューヒンは、少し眠たげに目を細める。

無精髭の生えた顎を掻きながら、とぼけた口調で応えた。

「何を、おれは理解しなければいけないんだ?」

「先程申し上げましたとおり」

アナスタシアは、辛抱強く冷静な言葉で語る。

「わたくしどものひとりが、キエフの砦へ向かっているということです」

「ああ」

イリューヒンは、笑みで相好を崩す。

その楽しげな笑い顔を裏切るように、腰だめにした雷管銃をアナスタシアに向けた。

「そんなことは、おれには関係無い」

アナスタシアは落ち着いた笑みを浮かべていたが、こころの中の苛立ちが限界にきていることを口の端に一瞬浮かんだ震えが物語っている。

目敏くその震えを確認したブラッドローズは、邪悪な笑みを顔に浮かべた。

「少しお待ちいただければ、わたくしどもが使いに出したものが戻りますので」

「そんなことは、どうでもいい」

イリューヒンは笑みを浮かべているが、酷薄さを潜めた瞳をそっと細める。

「おれは、おれに与えられた命令を実行するだけだ」

「それを、お待ちいただく訳にはいけませんか」

アナスタシアの言葉に対し、楽しげな笑みを浮かべたイリューヒンはゆっくり首を横に振る。

「では」

アナスタシアは冷静さを装っていたが、その顔は白く強ばっていた。

「わたくしどもは、どうしたらよろしいでしょうか」

絶望、アナスタシアの絶望の匂いを感じとったブラッドローズは、歓喜のあまり身体を震えさせている。

「黙ってみていればいい」

イリューヒンは、歌うように語る。

「おれたちが、おまえたちの荷を運びだすのをな。安心しろ。おまえたちを、殺せとは言われていない」

イリューヒンは雷管銃を、真っ直ぐアナスタシアに向け残酷な輝きを瞳に浮かべる。

「おまえたちが、抵抗しないかぎりな」

ブラッドローズが感激のあまり叫ぼうとした時、アナスタシアが絶叫する。

「ブラッドローズ!!」

ブラッドローズは叱られた猫のように、びくっと身体を震わせる。

「手を出したら承知しないよ!」

ブラッドローズは、アナスタシアの声にぺろりと舌をだして頷く。

気勢を削がれた形となったイリューヒンは、不機嫌そうに言う。

「おい、何を巫山戯ている」

アナスタシアはそれには応えず、矢を番えていないままの弓を弾いた。

音が、閃光となり夜を走る。

夜の空気が一瞬凍り付き、軋んだ。

金属が破裂する音が響き、イリューヒンの手にある雷管銃が踊った。

イリューヒンは、毒虫を見る目で手にした銃を見る。

その銃身には、亀裂が走りもし撃てば炸裂する状態となっていた。

銃弾は当然前には飛ばないし、炸裂した破片は撃ち手を傷つけるだろう。

さらに三度、アナスタシアは弓を弾く。

三人の騎兵が持つ銃が、金属の絶叫をあげ壊れていった。

白い月明かりの下で真っ直ぐ立つアナスタシアは、懍とした声をあげる。

「我が弓の放つ音の矢は、創世の三和音を構成する一節からなる。そは岩をも砕き、鉄をも裂く」

アナスタシアの声は、夜の中朗々と響く。

「望みとあらば、そなたらの頭蓋を砕くも容易い」

アナスタシアは、夜に捧げるように叫んだ。

「我が名は夜の歌い手、女神アーシュラの音楽を受け継ぐもの。我が名を聞け、そしてその名を知れ!我は夜の歌い手」

突然、アナスタシアは落ち着いた笑みに戻る。

「もう一度、お願い致しますわ。イリューヒン様」

アナスタシアはとても丁寧な口調で、ゆっくり語る。

「わたくしどもの使いが戻るまで、お待ちいただけないでしょうか?」

イリューヒンは、壊れた雷管銃を手にしたままうんざりした顔でアナスタシアを見る。

その目には、手におえない面倒くさいものを見る色が浮かんでいた。

それを感じたブラッドローズは、ぶーっと声をあげる。


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