夜から夜明けまで 第十六話
ブラッドローズは、月の明かりの下で黒々と横たわる森を眺める。
その森を貫く、骨の白さを持った道にはまだ騎兵の姿は見えない。
けれど、そのどこかざわついた気配を持った森の奥に、殺意があるのは感じとることができる。
それはほとんど官能的な値からを持って、ブラッドローズの肌を刺激した。
彼女はその気配に頬を火照らせ、そっと唇を舐める。
あきれたようにその様を見たアナスタシアが何か言うより先に、シルバームーンが口を開いた。
「来るぞ」
それは遠い地で祭りのために叩かれる、太鼓の音にも聞こえた。
しかし、素早く連打され空気を張詰めさせる音は、紛れもなく騎兵たちの蹄がたてる音だ。
アナスタシアは、腰に剣のように提げていた木の棒を抜く。
そして折り畳まれていたその木の棒を、伸ばしていった。
その棒は、アナスタシアの背丈ほどの長さになる。
そしてその棒の両端に括りつけられた糸を、張り詰めさせてゆく。
棒は、三日月のように撓み弓となった。
アナスタシアは月の光の下に真っ直ぐ立ち、矢の番えられていない弓をかまえた。
弓を持つ戦場乙女を彷彿とさせる姿のアナスタシアは、その全身から蒼い炎が立ち上っているかのような緊張感を纏う。
ようやく騎兵たちが森を貫く道に姿を現した時、ブラッドローズは堪えきれず笑みを浮かべていた。
獲物を見つけた猫化の獣がするように、目をすっと細めながら。
騎兵はシルバームーンが言ったとおりに、14騎である。
7騎が、一組となっているようだ。
騎兵達は皆、雷管銃を片手に持ちもう一方の手だけで手綱を持って、馬を操っている。
銃を手にしているということは、臨戦態勢ということだ。
7騎一組の小隊は、長銃身の中距離狙撃用の雷管銃を持った後衛の騎兵三名と、振り回しやすい近距離戦闘用の雷管銃を持った四名からなる。
一組の小隊が前衛として前方に出てきて、もう一組が後ろに控えていた。
前衛の隊四名が短銃身の銃を構え、アナスタシアを囲むようにして馬を停める。
きちんと統制のとれた動きで、あった。
なるほど、ただの成らず者ではないようね、とブラッドローズは思う。
騎兵のひとりが、アナスタシアの前に出ると馬上から声をかける。
「お前達は、こんなところで何をしてるんだ」
アナスタシアは、詩を朗読するように落ち着いた声で応えた。
「わたしたちは、キタイからオーラへと向かう途中の隊商でございます。わたくしは支配人のアナスタシアと申します」
騎兵は、少し面白がるような目をしてアナスタシアを見ている。
アナスタシアは、一切それを気にせず落ち着いた口調で言葉を続けた。
「昼間に馬車の一台に不具合が見つかり修理に時間をとられましたので峠を越えられず、こちらに野営をさせてもらっています。先程わたくしどものひとりが、キエフの砦へ野営の許可をもらいにいったところです」
「ほう」
騎兵は、楽しげといってもいいような笑みを浮かべていた。
ブラッドローズは、後ろから少し苛立った声をあげる。
「ねえ」
アナスタシアが咎める目でブラッドローズを見たが、彼女はそれを無視して言葉を重ねた。
「わたしたちは名乗ったんだから、あんたたちも名乗りなさいよ」
騎兵は、声をあげて笑った。
「なるほど、お嬢ちゃんの言う通りだな。礼を失したようだ。おれたちはキエフの砦から来た、このへんの治安を守る守備隊だ。おれの名は、イリューヒンと言う」