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夜から夜明けまで 第十五話

「これから暫く騒がしくなるけれど、テントから外に出てはだめよ」

ブラッドローズの瞳が、夜明けの太陽の輝きをみせ、きらりと輝く。

彼女は、何か面白そうなことがはじまる期待に、こころを踊らせた。

アナスタシアは、その獲物を前にした猫の笑みをみせる少女に、うんざりした顔で警告の言葉を発しようとする。

その時、テントの外から呼び声が聞こえた。

「アナスタシア、やつらが来たぞ」

アナスタシアは、ブラッドローズに向かって言おうとした言葉を飲み込むと、踵を返しテントの外に出る。

当たり前のようにブラッドローズはパルジファルの書を手にしたままテントの外へと出たが、アナスタシアはそちらをちらりと見ただけで何も言わない。

テントの外は、月の光で思ったよりも明るかった。

松明も数本立てられており、赤く燃える焔もまたあたりを照らしている。

その、深紅の光を浴びてひとりの黒衣を纏ったおとこが、立っていた。

黒い髪を後ろで束ねたおとこは、その髪と同じ色の黒い外套を羽織っている。

肌も浅黒く、瞳も黒曜石の輝きを宿していた。

その影を全身に纏ったようなおとこではあったが、その両腕は銀色に輝くガントレットに覆われている。

そして、もう一ヶ所おとこの中で銀色に輝いている場所があった。

それは、おとこの額である。

額には銀色に輝く月の刺青らしきものが、刻まれていた。

浅黒い肌が三日月型に裂かれ、銀色に輝く頭蓋骨が露出したといったふうに見えてしまう。

アナスタシアは、その見た目よりは若そうなおとこに声をかけた。

「騎兵が近づいてるのね、シルバームーン」

その額に刻まれた刻印に由来した名前で呼ばれたおとこは、緊迫した声で応える。

「シックスフィンガーの言ったとおりだよ。キエフの砦から来たらしい騎兵14騎が、もうすぐここへくる」

緊張した趣で頷いたアナスタシアは、シルバームーンの後ろの闇を見た。

月明かりに薄く照らされた、五、六名のおとこたちが火砲を手にして立っている。

この隊商に属している、おとこたちであった。

手にした火砲は、雷管銃に比べると太い銃身で単発式の単純そうな武器である。

雷管銃のような、一撃必殺の威力があるわけでもない。

しかし、火薬の詰まった陶器の缶を発射し、缶に詰められた金属片を火薬が炸裂した力で撒き散らすという十分危険な武器である。

多人数を相手にするときはむしろ、雷管銃よりも有効かもしれない。

アナスタシアはその火砲を持ったおとこたちに、声をかける。

「あなたたちは、馬車の中に入って荷を守って」

「アナスタシアさん」

おとこたちのひとりが、しっかりとした声で言った。

「おれたちも、戦いますよ」

「ありがとう。あなたたちが勇敢なのは十分判っている。けれども今はわたしに任せてちょうだい」

アナスタシアは、冬の空の色である青灰色の瞳でまっすぐおとこたちを見る。

「できるだけ誰も死なないように、したいの」

おとこたちは、そっと微笑み頷くと皆踵を返し、馬車のほうへ向かった。

アナスタシアは振り向くと、野営地のはずれにある街道へ続く小道の入り口へ向かい、歩きだす。

その後ろにシルバームーンが続き、さらにその後ろに当然のようにブラッドローズが続く。

昼下がりの散歩を楽しんでいるような笑みを浮かべたブラッドローズに、アナスタシアは何か言いたそうにしたが結局飲み込んだ。

変わりに、シルバームーンに対して語りかけた。

「シルバームーン、あなたにも言っておくけれど、殺すのはできるだけ避けてね」

シルバームーンは浅黒い顔に、皮肉な笑みを浮かべる。

「向こうが殺す気できたときに、殺さずに済ますのは限界があるぜ。まあ、判ってるだろうけどな」

アナスタシアは頷き、唇を少し噛む。

多分、騎兵たちを全滅させるのはすごく簡単なことだ。

しかし、生かしておいて戦闘力だけ奪うのは至難の技である。

あたりまえの、話だ。

けれど、アナスタシアたちの道はそれしかない。

シックスフィンガーの話が、真実であるならば。

そして、アナスタシアはアルケミアで魔道師とよばれたおとこがもし真実だと言えば、それが真実であることに間違いがないと知っていた。


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